和尚はフリック入力が苦手

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「お待たせしました」  清が麦茶を持って来たとたん、和尚はスマホのカバーを閉じた。 「おや、和尚さん、スマホを使っていらっしゃるんですか?」 「いやいや、使っているとはとてもとても……。まわりに言われて今月ついに買ったんですが、フリック入力が難しくて難しくて……」 「なるほど。それは無理ありませんよ。私だって、音声で入力してから、ゆっくり間違いを訂正しています。じきに慣れますよ」  和尚は禿げ上がった頭頂部に手を置いた。 「そうですか。清さんのように私より年下の方もそうなら、安心しますよ」  和尚は、麦茶を飲み干した。 「それでは、正信偈に入ります。途中で香炉と香合を回しますので、ご焼香ください」 「わかりました」 「きみょう、むりょう、じゅーにょーらいー……」  和尚は左手で経本を支え、その上にスマホを置いた。お経を唱えながら、ラインの続きをする。  『て』、濁音が打てない。『ん』『わ』。確定して改行。  『あ』『ら』『い』『さ』『ん』。確定して改行。  『た』……『と』が出ない。『ら』……『ろ』が出ない。『は』……『ほ』が出ない。『う』。  ええい、確定して、このまま送信だ。
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