茶碗蒸し泥棒にお祈りを

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 私は本日三皿目のサーモンをとった。と言っても、全て別のサーモンである。一皿目は玉ねぎとオニオンスライスの乗ったサーモン。ドレッシングと醤油が混ざって変な味がした。二皿目は何も乗ってないシンプルなサーモン。結局、普通のサーモンが一番だ、と思った。そして今回は上にチーズの乗ったサーモン。  昨今、チーズは何にでも乗ることで有名だ。そしてその波はついにサーモンにまで上陸した。常々、私は「なんにでもチーズを乗せたり入れたりしたらいいってもんじゃないのよ」とアンチチーズ党党首のような発言をしているが、やはり党首というものは発言と行動が一致しないのかもしれない。チーズを中に仕込んだハンバーグもよく食べるし、チーズダッカルビを週二で食べたこともある。そして今回、チーズの乗ったサーモンに醤油をかけるかどうか悩んだ末、かけないことを選び口に運んだ。  うん、たしかにチーズも美味しい。だが、やっぱり普通のサーモンのほうが美味しい。私は目の前のソファの変な花柄模様を見つめて思った。  私は回転寿司屋に一人で来た、俗に言う「おひとりさま」だと言うのに、ソファ席に座っている。回転寿司屋といえばやはり家族や部活帰りの学生集団などが客層イメージだが、もちろん一人で来る客のことも見放さない。それが企業だ。カウンター席が一列分くらいは用意しているのが定石である。  だが、今日行った会社説明会の帰り、この「欲張り寿司」というあまり見慣れない回転寿司屋に入ったところ、見渡す限りカウンター席は存在しなかった。呆然としていると、年齢不詳の女性店員がおよそ寿司屋の店員とは思えないすり足で近づいてきて「お一人様ですね?」と、そのどこか陰鬱に見える顔からは想像できない大声で叫んだのだ。これが欲張り寿司仕込みの発声法なのだろうか、かなり強欲な声だった。  私は動揺していたのか、「カウンター席はないんですな?」と、先程の会社説明会で最後に満を持して出てきた上役の口調みたいに訊いてしまった。だが、その店員はそれに気付いた様子もなく、「はい、カウンター席はございません!」と高らかに言ってのけ、私が引き返しやすい雰囲気づくりというものは全くしてくれなかった。私は店員に気遣いを求めすぎているのだろうか? 欲張りなのは私のほうだったのかもしれない。渋々店員についていった。その先がこの広いソファ席だった。  他にも席は空いていたのだが、私はトイレに一番近い席に案内された。そんなに何かを堪えている表情に見えたのだろうか。隣の席には大声で「穴子!」と叫ぶ子供がいた。そのあとも、五分に一回くらい子供は「穴子!」と叫び、彼の家族は誰もそれに触れないのが印象的だった。その子供のテンションと、温和な表情でゆっくりと白魚を食べるおばあさんにギャップを感じた。  一方、レーンを挟んだ向こうの席には一言も喋らず黙々と寿司を食べている私と同世代くらいのカップルがいた。スマホで「黙食 寿司 宗教」と入力してみたが、特に該当するものはなかった。きっとカップルは現在、付き合いたての探り合い状態の時期なのか、本当に寿司が好きで好きで仕方ないのかの、どちらかだろう。  それにしても、トイレに加えてセルフウォーターサーバーが近いこともあり、この百五十センチに毛が生えた程度の私がポツンと取り残された、この離れ小島のようなソファ席の横をよく人が行き来する。隣の席の元気な穴子少年の父親は、さっきから何度も子供用のフォークを取りに行かされているし、なぜか寿司屋でサングラスを装着している変な男もよく通る。彼は私のほうを見るときはサングラスをおでこまであげるので、さっき目があってしまったのだが、濡れ亀のような顔をしていて気味が悪かった。  不快感でお腹が膨れてきた気がした。ふと、目の前の積み上げた三皿の山を見つめて思う。この就職活動というイベントはいつになったら終わってくれるのだろう。今日説明会に行った会社も、説明会と銘打ってるくせに、いきなりグループワークなるものをさせられて大変不快だった。担当が「これは試験の合否に関係ないので、皆さんリラックスしてやってくださいね〜」と何度も言っていたが、どう考えても合否に影響があるとしか思えない。私がまだ志望するかわからないのに、勝手にエントリーされているようでやはり不快だった。  「穴子ー!」また少年の不快な声が聞こえた。そういえば、今日の説明会での担当の「試験の合否に関係ない」という台詞も、あの子供の雄叫びのように五分に一回くらいの感覚で言っていた。世の中、不快なことばかりだ。どうしたものかと、またソファの花柄を見つめていると突然その花柄が消えた。厳密に言うと、私の前のソファに誰かが座って、模様を隠してしまったのである。
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