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第3話 オバサンの事情
小高い丘の中腹にポツンと佇む小さな山小屋。
木材で不器用に作られたフェンスに囲われてはいるものの今にも崩れそうで役割をはたしてはいなかった。
オバサンはこの山小屋に一人で暮らしているのか中には人の気配は無かった。
薄暗い小屋の中はシーンとしていて寂しさを感じさせる。
家族を感じさせる活気ある生活感は見当たらなかった。
オバサンはいまだに私に対して自分の娘の様に接してくる。
両親の知らない私にはその対応に重みを感じずにはいられなかった。
「さあ、座ってー」
食卓に座るとオバサンは楽しそうに料理を始めた。
お姉さんはどういう訳だか一人でシャドーボクシングに明け暮れていた。
シュッシュシュッシュと口にしながら私の周りを忙しなく動き回る。
テーブルを敵に見立てているのかダッキングを繰り返しながらテーブルの下に潜り込もうと試みていた。
「危ないですよーぶつけますよ」
私の言葉はお姉さんには届いていなかったのか、ゴツンと鈍い音が響く。
「あっ…痛い…」
お姉さんは苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながら頭を抱え込んでいる。
本当にこの人は何者なんだろうか?
行動がいちいちふざけているようにしか見えない。
服装もギャルっぽいとは言ってるが、この世界の格好とは微妙に不釣り合いだ。
「お姉さんは何者なんですか?」
「えっ…私…?」
そんなやり取りの最中にオバサンが料理を運んできた。
残飯の様な食事しか見たことがなかった私には運ばれてくる料理がご馳走にしか見えなかった。
生唾を飲み込みながら食卓に並べられる様をじっと見つめる。
料理から立ち上る湯気が美味しそうな匂いを漂わせながら鼻から入ってくる。
口元からは溢れんばかりのよだれが垂れていた。
隣のお姉さんも何故だか様子は私と一緒だ。二人とも今は料理の事しか頭になかった。
「さあ、お上がりなさい」
二人は待ってましたとばかりに料理にがっつき始めた。脇目も振らずに料理を貪る姿にオバサンはドン引きしていた。
「ところでさあ…」
お姉さんは唐突に話を切り出した。
「事情を話してくんない?」
いつもはおちゃらけたお姉さんが不意に真顔で話す。鋭い眼差しにオバサンは居た堪れなさそうに視線を逸らした。
オバサンの口からポツリポツリと語られる話に私たちは食事を中断することなく耳を傾けた。
その悲しい過去の出来事に動じることも無く私たちは料理を貪り続けていた。
オバサンは過去に家族を失っていた。
お姉さんの推測通り私と同じ年頃の娘とその父親である旦那だった。
二人で街まで買い出しに出掛けた途中で何者かに襲われ命を亡くした。
変わり果てた2人の姿にオバサンは泣き叫ぶ事しかできなかった。
絶望と失望に心が壊れ、抜け殻の様になっていく。
しかしすべてを失ったオバサンはいつしか犯人に復讐することを唯一の希望にしていた。
犯人の情報を捜して街を彷徨っていたオバサンは私を抱えたお姉さんを偶然見かける。
驚くことに抱えられた私は亡くした娘の真利亜と瓜二つだった。
追っ手から逃れる2人にオバサンは手を差し伸べる。
娘そのものの私をほっとく訳にはいかなかった。
街はずれのオバサンの家なら匿う事ができると連れて帰る。
「という訳だそうです」
お姉さんは何故か私に向けて言った。
オバサンが私に期待していたものは救いだった。
何もかも失い犯人すら見つからない。
生きる為の理由を失いかけた時に見かけたのが私だった。
真利亜と瓜二つの私を我が子の様に思い愛しむ。
私の存在はオバサンにとって希望そのものだったのだろう。
「それで?どうするの?」
「なんで私に聞いてくるんですか?」
私の言葉にお姉さんは「あたり前じゃん!」と言いたげな怪訝な顔をした。
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