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 三人で話し合う約束をした日曜までに、わたしは部屋の本棚を占拠しているBL小説や漫画を読み漁った。そこに出ていた人物を頭の中で紅男と桜庭くんにすげ替えて、二人の気持ちを想像しようと試みたけれど、結局生身の人間を想像する、それも自分が普段接している人たちだと想像すると、すぐに気持ち悪くなって本を閉じた。 「なんで桜庭くん……紅男なのよ」  ベッドに大の字になって天井を見たけれど、どこにも答えなんて書いてない。わたしは無性にアイスが食べたくなった。でも家の冷凍庫にチョコミントは置いていない。  約束の日曜日のファミレスの四名席にはわたしと紅男、その対面に桜庭くんという構図だった。今日の紅男はひらひらのスカートじゃなくジーパンで、化粧も全然していない。 「まず、確かめておきたいんだけど」  立ち上がると腿の辺りが冷たく感じた。それでも短いスカートを履いてきたのはわたしの意地だった。 「桜庭君って、その……」  ――ゲイなの?  わたしの問いかけに一瞬言葉を失ったけれど、彼はすぐに目線を逸して答える。 「は? 桃川、何言い出すんだよいきなり」 「だって、男として紅男のこと好きだっていうんでしょ?」  どうしてもまずそれを確かめておかなければならなかった。 「あれから色々と考えてみたんだ。俺は柊紅葉という人間の、何を好きなんだろうかって」 「そしたら?」  次の言葉が待てずについ口を挟んでしまう。 「気を遣わずに、一緒にいられるということと、女みたいにあれこれ煩く言わないところかなって」 「じゃあ友達として好きだってことでいいの?」  鼓動が早くなる。体温が上がっているのを感じて、わたしは席に座ってソーダの上で楽しげに浮かんでいるチョコミントのアイスを掬って口に入れた。 「それは分からない。ただ、本当は女だって言われた時に、こう、自分の中でベニがベニじゃなくなったような、そんな気になったんだ。そうしたら、男だと思ってた頃のベニのことで胸が苦しくなってさ」  今まで聞いたことのない彼の声に、わたしは自分の胸の中にどろりとした黒いものが(うごめ)いているのが分かった。 「桜庭、お前ってさ」  紅男だ。 「何だよ」 「男とか女とか、そんな単純な区割りで人の見方が変わるような奴だとは思わなかったよ」 「そういうんじゃねえよ!」  その紅男の言葉が、彼を怒らせた。すっと店内が静まり返ると、彼は声のボリュームを下げて続けた。 「俺はさ、誰かを好きになるって感情がイマイチよく分からなくて、まあ恋愛向いてないんだな程度にしか思ってなかったんだけど……」  声は小さくなったのに、桜庭くんの気持ちは熱くなっているのが分かった。 「お前と一緒にいる時に、なんかこう、胸の辺りが温かくなるんだよ。ああ、こいつとずっと一緒にいたいなって」  その言葉は、全然わたしに向けられていない。ただ隣の彼女に、真っ直ぐに向かっている。 「そう意識し始めたら、徐々に手が触れたり、肩がぶつかったり、人混みでベニを守るように腕を回したり」  ああ、気持ち悪い。  胸が苦しい。 「そんなことの全てが、苦しいんだよ。これってさ」  気づくと、わたしは立ち上がっていた。 「ゲイじゃないの。そんなの、ただのゲイラブじゃないのよ!」  ポーチを手にして、今にも店を出て行きたくなる。 「わたしね、どうしても生理的に受け付けられないものがあるの。リアル世界にいるゲイとレズ。三次元であんな漫画みたいなことしてるって考えると、肌がぶつぶつになるのよ」 「おい美亜」  逃げ出そうとしたわたしの手を、紅男が掴んだ。 「今の発言、取り消せ」  彼女の目は明らかにわたしを突き刺していて、 「なんでよ、紅男。あなたのことは何も否定してないでしょ?」  その理由は分かっていたけれど。 「違う」  紅男はわたしを否定する。  その視線が店内を、それから桜庭くんを見てから、わたしに言い聞かせるように再び向けられた。 「離して!」  わたしはその視線ごと拒否するように腕を振り払うと、小走りで店を出て行った。  ヒールの高い靴は走りづらくて、 「なあ、美亜。待てよ」 「何でよ!」  すぐに紅男に追いつかれる。 「何ではこっちだ。今日はボクと桜庭の間の誤解を何とかしたくて集まったんじゃないのか?」  わたしを見る紅男は困惑して、それでも必死で、その気持ちが分かるからこそ、わたしは自分の醜いエゴをどうすることもできなかった。 「美亜?」 「わたし、桜庭君が好きなの」  そう。 「なんて?」 「わたしは、桜庭正陽君のことが大好きなのよ! バカ!」  わたし、桃川美亜は、いつも紅男の隣で優しく微笑んでいた彼を、愛してしまった。  紅男は目を大きくしていたけれど、わたしが走り出すともう、その背を追いかけてきてはくれなかった。  これでみんな、バラバラになってしまう。  嫌だ。  もう、全部が滅茶苦茶だ。  その日の夜、二人からのLINE通知がうるさかったからスマートフォンの電源を落として、わたしはベッドに潜り込んで一人で泣いた。きっと明日の朝には目元が腫れ上がって、酷い顔になっているのは分かりきっていたけれど、学校なんて行く気はなかったから、全然構わない。  そんな風に考えるともっと涙が(あふ)れてきて、体中の水分が涙になるまで泣けそうだった。
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