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「正直に話せって言われても、よく分からないんだが、でも思ってることをとにかく言葉にしてみる」 「うん」 「俺が違和感を持つようになったのって、小五のバレンタインに、女子から告白された時だったんだ」  確か桜庭は高校一年のバレンタインの時も、十人以上からチョコを貰っていた。 「周囲の男子はひやかすし、女子はその渡した子を応援してたみたいで、俺は何故かチョコを受け取ったことでその彼女と付き合うことになったんだよ。でもさ、その頃から既にバスケットクラブに入ってたし、女子と、というか、その子と一緒にいるよりもずっと、友達とバスケやってる方が楽しくてさ。今思えばもっと早くに断っておくべきだったと思うんだが、俺ってこんなだから、卒業式までなんだかよく分からない関係を続けてて」  その様は容易に想像できた。 「で、結局式が終わってから呼び出されて『私のことどう思ってるの!?』ってキレられて」  流石に我慢しきれず、紅葉は笑ってしまう。 「紅男」 「わ、悪い。けど……はい」 「なんとも思ってないって言ったら、泣いて平手打ちくらった。だから未だに小学校の女子からは、女を泣かせた酷い奴ってレッテル貼られてるんだよ」  ちゃんと平手をさせてやるあたりが、桜庭らしいと紅葉は思った。自分ならきっとその手を掴んで殴らせたりしなかっただろう。 「それから徐々に、俺にとっての恋愛って何なんだろうって考えるようになったんだ。中学に上がったら、友達の中で普通に付き合ったりするやつが出てきて、お前は誰が好きなんだって聞かれるようになってさ」  紅葉にも覚えがあった。それも自分の場合は気になった生徒の名前を上げるとその子がからかいの被害者になるものだから、いつしか好きという気持ちを封印してしまった。 「そん時に思い浮かぶのって部の友達とか、同じクラスの男子とか、そんなのばっかで。ひょっとして俺ってゲイなんじゃないかって。でもゲイってどうやって確かめればいいんだ? 誰にも相談できない。助けてくれる大人も知らない。そこまで踏み込んで話せる親友も、いなかった。だから俺は伊達眼鏡をつけて、世間と一歩、境界線を引くことにしたんだ」  最初は笑いをこらえていた紅葉も、いつしか真剣に桜庭の話を聞くようになっていた。 「それが高校に入って、ベニに出会った。最初は周囲から浮いてる、自分とは方向性が異なるけど、同じ奴だなって思った。それが二学期に同じ班になって、少しずつ喋るようになって、こんなに気を遣わずに一緒にいられる奴、初めてだなって」  話しかけたのは、どちらからだったろう。紅葉は思い出そうとしたが、あまりに自然に友達になったから、記憶の中に見つけられなかった。 「確かに初めて女装姿を見た時は驚いたよ。けどその姿が特に変だとか思わなくて、寧ろよく似合ってるなって感じてて、今にして思えば体は女なんだから当然なのかも知れないが」  すうっと紅葉は胸の辺りが冷たくなったのを感じて、手を当てる。 「とにかく、ベニはこういう奴なんだと納得できた。それからも特別好きだとか、そんなことは全然思わなくて、ただ友達として楽しくやってきたつもりだった。それが……顧問の貞森、あいつにベニが本当は女なんだってバラされて、訳わかんなくなった」  貞森権造。紅葉はあの体育教師の、授業中の見下したような目を忘れない。 「俺はベニが女だから好きになったんだろうか。それとも男じゃないと分かったから、本当は男だったらいいなっていう気持ちだったんだろうか。今でも正直、ちょっと混乱してる」 「あの、一つだけいい?」  紅葉が内心で歯を噛み締めているところに、美亜が口を出した。 「性同一性障害、というのは聞いたことある?」 「ああ。一応ベニのことがあって、個人的に調べたよ」 「それを理解した上で、話してるんだよね?」 「そのつもりだったが……何かまずかったか?」 「紅男は? 大丈夫?」 「うん。まだ、大丈夫」 「そっか。なら、気にしないことにする。続けて」  桜庭は桃川と紅葉の間に交された視線の意味が理解できないようだったが、それは付き合いの年月の差が大きいだろう。「なんか、悪いな」そう呟いてから、続けた。 「分からなくなった時に、部の先輩に言われたよ。告白って嬉しいことなのに、どうして同性になった途端によく分からなくなんだろうなって。その言葉で、一つ分かったことがあった」 「何だよ」  思わず紅葉は声を返した。 「俺は男としてとか、女としてとかじゃなくて、ただ柊紅葉が好きなんだなってこと。別に男装してたって、女装してたって、戸籍が女だって、中身はベニじゃないか。だったら、性別がどうとか、なんか障害があるとか、そんなのはちっぽけなことだって。ただ純粋に付き合って、ベニを好きになったんだって、それが分かった」  桜庭の目が、微動だにせずに紅葉を見ていた。いつもなら眼鏡を掛けたガラス越しなのに、その薄い境界線がないだけで、こんなにも強い眼差しを持っていたのだと知った。 「これが、俺の正直な気持ちだ。ベニ、俺はやっぱお前のことが好きだわ」  溜息をつくようにして言葉にすると、桜庭はすっかり氷が溶けてしまった自分のジンジャエールを一気に飲み干した。炭酸に咳き込むのも構わずに口の端から何度か溢れさせて、それでも飲み終えると、 「さあ、今度はベニだ。聞かせてくれ」  そう言って、桜庭は口を拭った。 「なんで最後がボクなんだよ」  正直もう二人の気持ちの吐露に、心が痛かった。紅葉はこめかみを両方の掌で押さえ込んでから、頭を振ると、 「わかったよ。言えばいいんだろ、言えば」 「そうよ」 「そうだぞ」  肩を落として大きく息をつくと、紅葉は立ち上がった。
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