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5
紅葉は口を開く。
「二人とも先に言うなんて卑怯なんだよ。こんなにも言われちゃったら、もうボク何言ったって駄目な感じじゃないか。好きなら好きだけでいいのに、そこに男だからとか女だからとか、性同一性障害だからとか、そんな面倒くさい理由をつけて言わなきゃいけないってことが、おかしいんだよ。人間七十億以上いるのに、それを男とか女とかで真っ二つに分けて、どっちかはどっちかしか好きになっちゃいけないとか、誰が決めたんだよ。神様? だったらそんな神様こっちから願い下げだよ。こんな訳わかんないボクを作り上げた神様なんて、大嫌いだよ」
一気にまくし立てて、息が切れ切れになる。それでも構わず唾を飲み込み、更に続ける。
「こんなボクに、女装してみたらって言ってくれたのが、美亜だった」
小学五年生の時、クラスで「女の癖に男みたいな格好をしている」と笑う男子を殴り飛ばして、暫く学校に行かなかった時期があった。もしあのまま不登校になっていたら、紅葉は普通の高校に通うなんて選択をせず、周囲から特別視されたまま歩道を歩いていただろう。
「あれは、ちょっと考え方を変えてみたらって、そういうアドバイスよ」
「でも美亜はあの時、わざわざ男装して一緒に登校してくれたじゃないか」
「そんなこともあったかな」
小学一年の頃からの、付き合いだった。いつも美亜は何かと紅葉の世話を焼いてくれ、泣いていたら代わりに男子を追い払ってくれたし、友達が必要なら傍にいてくれた。ただの腐れ縁じゃなく、紅葉にとって桃川美亜はそういう幼馴染だった。
「だからいつの間にか、美亜とはずっと一緒にいられるもんだと思ってた。けど高校に入って、桜庭っていう親友ができて、クラスも別々になって、少し距離ができた。ボクの傍からいなくなった美亜を、改めて一人の女性として見るようになった。そうやって意識するようになったら、異性としての美亜がとても魅力的なことに気づけたんだ」
美亜は紅葉を驚くように見てから、目を逸らす。
「ボクがどうしてフリルが付いたような服が好きになったか、知ってる?」
「どうして?」
「美亜が一番最初に似合う、って言ってくれたのが、それだったからだよ。あの黒と白のワンピース。胸元にこうフリルが二段になって腰のところでクロスしたの。あれがね、ボクの初めてのちゃんとした女装体験だった」
「でもそれまでだってスカートとか履いてたじゃない」
「それは小さい頃の話でしょ。両親が買い与えたものは、ボクが選んだ訳じゃない。あのワンピースが、初めてボクが選んだ服だったんだ」
これはずっと紅葉が心の中に仕舞っておいた話だった。
「じゃあ、その女装癖って、元を辿ればわたしの所為ってこと?」
「それは違うよ。あれはただのきっかけ。きっと大きくなるまでには目覚めてたと思うよ。女装を覚えて、ボクは心が自由になった。解放されたんだ。そんなだったから、感謝とか、恩とかを感じているだけなのかなって、最初は思ったんだ。けどすぐに違うって気づいた。これは本当の恋心なんだって思った。美亜を見て、胸の奥があったかくなるの、好きなんだ。一緒にいて、笑って、チョコミントは食べたくないけど、ちょっとだけ貰ったり。そんなことが、ボクの心を温めてくれる。だからね、これはボクの、初恋なんだ」
紅葉の瞳が視線を彷徨わせる桃川のそれをじっと捉えていた。
「美亜、好きだよ」
そこまで言い切ると、疲れ果てたように紅葉は腰を下ろす。それから温くなったウーロン茶を口に含んでから、ゆっくりと流し込んだ。色々と考えていたことの何分の一も言葉にできていないのだろうけれど、それでも一番伝えたかった言葉を口にして、紅葉は鼓動が穏やかになっているのを感じた。
「紅男、桜庭くん……ありがとう」
「いや、桃川も、ベニも、おつかれ」
「なんだよそれ。どっちもご苦労さん」
よく分からない労いを言い合って、三人は笑った。
「一体何だよこれ」
桜庭は珍しく顔をくしゃくしゃにして言い、
「だって仕方ないじゃない」
唇を尖らせながらも美亜は鼻汁を啜り上げ、
「で、結局これどうなるんだよ」
紅葉は整えてきた前髪をぐしゃりを掻き毟った。
そこに、時間を告げるフロントからの電話が入って、立ち上がって受話器を取った桜庭が「どうする?」と聞いてくる。
「もう今日は無理」
流石に風邪の桃川をこれ以上連れ回す訳にもいかないだろう。
「あ、分かりました。今出ます」
退室を伝えて受話器を置いた。
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