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 その週末の日曜、いつも使う駅前のファミレスの四人席に、ボクと美亜、それに桜庭という三人の姿があった。ジーンズに上はセーター、小さめのコートという随分(ずいぶん)と控え目の服装にしたのは、色々と抵抗があったからかも知れない。  ボクは二人の顔を見ようとしたが、どうしても桜庭のことは見られず、結局俯いてコップの中の氷に視線を落とした。 「まず、確かめておきたいんだけど」  三人集まるといつも先陣を切るのは美亜だった。今日は大きめのタートルネックのセーターに、膝上くらいのスカートを履いている。寒がりなのに時々無理をするのは彼女なりのオシャレの流儀だと以前言っていた。  彼女はそのスカートを閃かせ、立ち上がる。 「桜庭君って、その、ゲイ(・・)なの?」 「は? 桃川、何言い出すんだよいきなり」 「だって、男として紅男のこと好きだっていうんでしょ?」  桜庭は右のこめかみを押さえながら、低い声で唸る。正直、そんな風に直球で美亜が聞くとは思ってなかったから、ボクも言葉を忘れていた。 「あれから色々と考えてみたんだ。俺は柊紅葉(ひいらぎもみじ)という人間の、何を好きなんだろうかって」 「そしたら?」 「気を遣わずに一緒にいられるということと、女みたいにあれこれ煩く言わないところかなって」 「じゃあ友達として好きだってことでいいの?」  美亜は一旦腰を降ろして、ソーダの上のチョコミントのアイスをスプーンで(すく)う。彼女の小さな唇に青がべっとりと付いて、それを愛らしい舌が拭った。 「それは分からない。ただ、本当は女だって言われた時に、こう、自分の中でベニがベニじゃなくなったような、そんな気になったんだ。そうしたら、男だと思ってた頃のベニのことで胸が苦しくなってさ」  そんな風に悩んで表情を(ゆが)めている彼を見たのは、初めてだった。 「桜庭、お前ってさ」 「何だよ」 「男とか女とか、そんな単純な区割りで人の見方が変わるような奴だとは思わなかったよ」 「そういうんじゃねえよ!」  一際大きな声だった。  店内が一瞬静まるが、店員が注意に来る素振りを見せたので、桜庭は軽く頭を下げてから、声を小さくして続けた。 「俺はさ、誰かを好きになるって感情がイマイチよく分からなくて、まあ恋愛向いてないんだな程度にしか思ってなかったんだけど、お前と一緒にいる時に、なんかこう、胸の辺りが温かくなるんだよ。ああ、こいつとずっと一緒にいたいなって。そう意識し始めたら、徐々に手が触れたり、肩がぶつかったり、人混みでベニを守るように腕を回したり。そんなことの全てが、苦しいんだよ。これってさ」 「ゲイじゃないの! そんなの、ただのゲイラブじゃないのよ!」  今度の大声の主は、美亜だった。  まだチョコミントが半分も残っているのに立ち上がり、ポーチを手にする。 「わたしね、どうしても生理的に受け付けられないものがあるの。リアル世界にいるゲイとレズ。三次元であんな漫画みたいなことしてるって考えると、肌がぶつぶつになるのよ」 「おい美亜」  席から体をずらして、歩き出そうとしている彼女の腕を、ボクは捕まえる。 「今の発言、取り消せ」 「なんでよ、紅男。あなたのことは何も否定してないでしょ?」 「違う」  桜庭を見る。  それから店内の疎らな客の表情を見る。  美亜はそんなボクの目をきっと睨み返し、 「離して!」  腕を振り払って店を出て行ってしまう。  ボクは一瞬考えたが、 「待てよ、美亜!」  桜庭一人を置き去りにして、店を出た。 「なあ、美亜。待てよ」 「何でよ!」 「何ではこっちだ。今日はボクと桜庭の間の誤解を何とかしたくて集まったんじゃないのか?」  美亜は店から百メートルほど歩いたところでやっと立ち止まり、こっちを振り返る。その目は涙を溜めていた。 「美亜?」 「わたし、桜庭君が好きなの」 「なんて?」 「わたしは、桜庭正陽君のことが大好きなのよ! バカ!」  再び美亜は走り出す。  けれどもう、それを追いかける気力はボクには残されていなかった。
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