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> 今日。放課後時間あるか?  柊紅葉にそうLINEをしたのは、その翌日だった。同じ教室だけど、何となく面と向かっては言いづらくて、結局こんなまだるっこしい手を使ってしまった。すぐに「いいよ」という軽い調子の返事があり、学校が終わってからいつものカラオケボックスで落ち合うことになった。 「今日は部活よかったの?」 「用事があるって抜けてきた」  黒の学生服の上下の二人は、遠目には高校生の男友達が二人で歌いに来たと映っただろう。 「副キャプテン様がそんなでいいのか?」  個室に入ると目に痛い電飾が回転していたが、ベニは気にしないようでさっさと座って端末を触り始める。その姿も横顔も、どう見ても普通の男子学生だ。痩せていて、小顔で顎がやや丸い。髭はなく、つるりとした肌をしているのは少し羨ましい。 「何か歌う?」  ベニが訊いたが、とても歌なんて気分にはなれなかった。  一応一晩は考えた。貞森の言動が俺にとって、また柊紅葉にとって、どういう意味を持つのか。正直言われてみるまで疑うことすらなかった。それくらいベニは俺にとって男友達だったし、だからこそ俺はこんなにも気楽に近くにいられた。そう。男だったから。 「桜庭?」 「あのさ、ベニ。一つお願いしてもいいか?」  唾を呑み込もうとしたが、うまく降りていかない。 「あ、うん。何さ?」 「一緒に連れション、してくれ」  一晩考え抜いた末の、言葉だった。 「は?」  ベニは呆気にとられている。そりゃあそうか。 「頼む」  けれど俺は体を折って頭を下げた。  何秒、空気が止まっていただろうか。  急にガタンと鈍い音がして顔を上げると、ベニが俺を見上げていた。その目に涙が滲んでいて、唇が震えている。 「何だよそれ。ボクの性別のこと言ってんのか?」  ――やはり、女なのか。  そんな気持ちで改めて柊の体つきを見る。俺のように部活はしていないし、筋肉もあまり付いていない方だ。本人は運動は苦手だと言っていたけれど、それにしても肌はつるつるして、手の先も中途半端に毛が生えていたりはしない。でもそんな男子は珍しくないし、ベニの場合は女装の為に色々と手入れをしているのだろうと勝手に思い込んでいた。 「ほんとなのか?」 「うるせーよ!」  殴られるかと思ったがベニは鞄を手に、部屋を出ていく。  俺はその手を、無意識に掴んでいた。柊紅葉の左手首の細さが今まで男だと思い込んでいた自分の浅はかさをぶち壊してしまい、目の前が真っ白になる。その視界に怯える彼女の顔が入ってきた時、俺は柊の小さな体を抱き締めていた。背中に腕を回して、自分の胸元に抱き寄せる。 「なんでこんな女みたいなぺらぺらな体してんだよ……」 「やめろよ! 何すんだよ!」  ベニは暴れるけれど、ひ弱だった。 「俺はお前が男だと思ってた。そう思ってたからこそ」 「桜庭も男だ女だで他人を差別する奴だったのかよ。あーそうかよ!」 「違う!」 「なら、やめろよ。離せよ!」 「違うんだ、ベニ」  喉が焼けるように熱い。  だがそれでも、言わなきゃいけなかった。 「俺は……お前のことを、好きなんだ」  男として、柊紅葉のことが、好きだった。  鼻から思い切り吸い込んだ空気に、ベニの体臭が混ざっていた。口の中が甘酸っぱくなって、どうしようもなくなる。  と、不意に自分の腕の中が軽くなり、すぐに顎に衝撃があった。流石に目の前が暗くなり、思い切りのけぞる。その隙にベニは部屋を出て行く。 「ベニ!」  声を掛けた時にはもう、俺の前からあいつはすっかり姿を消してしまっていた。  その翌日から、柊紅葉は学校に来なくなった。  俺は柊の幼馴染である桃川美亜にも聞いてみたが、よく事情は知らないと言われた。その後、担任がインフルエンザで休むと連絡があったと伝えたが、それが嘘であることを俺は充分に理解していた。 > 週末、三人で話したいから時間を下さい。  桃川からのLINEだった。俺は「了解」とだけ返事をし、ひとまず部活に専念した。ゴールにボールが吸い込まれることだけに集中していると、雑音が消える瞬間がある。いつもその一瞬を求めてバスケットをしているのかも知れなかった。
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