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日曜、駅前のファミレスに集まった。俺と桃川、それに女装をしていない柊紅葉の三人だ。ベニはジーンズにグレィのセーターという珍しく地味な格好だった。
「まず、確かめておきたいんだけど」
立ち上がった桃川は、いつもながら膝上の短いスカートが目に毒だ。
「桜庭君って、その、ゲイなの?」
一瞬冗談の類かと思って見たが、桃川の表情は真剣だ。
「は? 桃川、何言い出すんだよいきなり」
「だって、男として紅男のこと好きだっていうんでしょ?」
右のこめかみがキリキリとする。
今まで誰かからこんな風に自分の性的嗜好について追求されたことはなかったし、そもそも俺とベニの問題について今日話し合うのだろうと思ってやってきた。それなのに桃川が必死になって追求しようとしていることに、困惑しない訳にはいかなかった。
「あれから色々と考えてみたんだ。俺は柊紅葉という人間の、何を好きなんだろうかって」
そもそも誰かを好きになる、という感情は何なのだろうか。
「そしたら?」
「気を遣わずに、一緒にいられるということと、女みたいにあれこれ煩く言わないところかなって」
言葉にしながらも、たぶん桃川には理解されない気持ちなんだろうなと思っていた。
「じゃあ友達として好きだってことでいいの?」
友達、という響きに安心したのか、桃川はやっと席に座ってくれる。
「それは分からない」
友達として好きと、異性として好きと、同性として好きの違いが、よく分からない。
「ただ、本当は女だって言われた時に、こう、自分の中でベニがベニじゃなくなったような、そんな気になったんだ。そうしたら、男だと思ってた頃のベニのことで胸が苦しくなってさ」
いつからだろう。柊紅葉が俺の中で唯一無二のベニという存在に変わったのは。
「桜庭、お前ってさ」
それまで黙り込んでいたベニが、口を開いた。
「何だよ」
「男とか女とか、そんな単純な区割りで人の見方が変わるような奴だとは思わなかったよ」
ベニは俺を睨んでいた。きつい表情ではなく、幾つかを諦めてしまったような、そんな冷たい顔だ。
「そういうんじゃねえよ!」
思わず大声を出していた。「そういうんじゃないんだ」周囲を見て、声を小さくする。
「俺はさ、誰かを好きになるって感情がイマイチよく分からなくて、まあ恋愛向いてないんだな程度にしか思ってなかったんだけど、お前と一緒にいる時に、なんかこう、胸の辺りが温かくなるんだよ。ああ、こいつとずっと一緒にいたいなって」
自分で説明しながら、何を言ってるんだって思った。
「そう意識し始めたら、徐々に手が触れたり、肩がぶつかったり、人混みでベニを守るように腕を回したり。そんなことの全てが、苦しいんだよ。これってさ」
世間では恋と呼ぶんじゃないのか。
その言葉を遮ったのは、桃川だった。
「ゲイじゃないの。そんなの、ただのゲイラブじゃないのよ!」
ゲイ、という言葉が俺のベニに対する感情を表現するものなら、確かに俺はゲイなのだろう。
「わたしね、どうしても生理的に受け付けられないものがあるの」
桃川はポーチを手に立ち上がり、俺に背を向けた。
「リアル世界にいるゲイとレズ。三次元であんな漫画みたいなことしてるって考えると、肌がぶつぶつになるのよ」
「おい美亜」
柊が立ち上がり、彼女の腕を掴んだ。
「今の発言、取り消せ」
「なんでよ、紅男。あなたのことは何も否定してないでしょ?」
「違う」
そう短く言い放ったベニの目が、俺に向けられる。
ああ、そうか。
桃川の話は何も俺だけに向けられたものじゃなかったのだ。柊紅葉。彼女自身も、形は違えど同じ境遇にあったのだ。そして俺は、彼女を酷く傷つけた。
そのことに気づいて、腰から力が抜けた。
「離して!」
「待てよ、美亜!」
二人は店を出て行ってしまったが、もうその後を追う気力は湧いてこなかった。
目の前にはそれぞれが頼んだジュースやクリームソーダが中途半端に残されたまま置き去りだったが、そいつらを片付けてやることなんて、今の俺にはできなかった。
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