第一章 「フリルの理解者」

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第一章 「フリルの理解者」

 もうすぐバスが駅前に到着するのを確認して、二重になったスカートの細かく折りたたまれたプリーツを直した。最後尾に座ったボクを車内の何人かが気にして見ていたけれど、赤のベストは流石に目立つ選択だったかな。  バスを降りてロータリーから階段を駆け上がる。流石に祝日の駅前は人が多い。 「あ、見っけ」  それでもバスケ部副キャプテンの桜庭は、周囲の待ち人たちより頭一つ二つ大きくてよく目立った。 「おう。今日もまた相変わらずの格好だな」 「分かりやすくていいだろ」 「まあな」  百八十後半のガタイにはやや窮屈(きゅうくつ)そうな黒のダウンで、今日もしっかり眼鏡を掛けている。伊達なんだったら止めればと言ったのだけれど、本人にその気はさらさらないらしい。妙な拘りを持っているという点ではボクと同じ類の人間なのかも知れない。 「部の練習は良かったの?」  駅に隣接された大型商業施設に足を向けながら、同級生の澄まし顔を見上げる。一年の頃より三センチ伸びたらしいから、来年にはいよいよ百九十台に突入だろうか。せめて百七十は身長が欲しかった身からすれば、何とも(うらや)ましい限りだ。 「勤労感謝の日まで練習やるって言ったら部員たちに文句言われた」 「三年抜けて実質キャプテンみたいなもんじゃん。そんなのやりたいようにやればいいのに」 「あれでも体育会系特有の人間関係にみんな疲れてるんだから、いくらキャプテンだからって強権発動してばかりもいられない」 「人付き合い、めんどくさい」 「ベニの口から人付き合いって聞くと、なんか笑うわ」  ――うるせーよ。  色々と言いながらも、休日にこうして買い物に付き合ってくれる男の友人ができて、自分の人生というものにボクは感謝していた。  商業施設の一階は化粧品コーナーの前におばさんたちの人だかりが出来ていて、お試しで塗ってもらうことは諦める。来月の重要イベントの為にもいくつか揃えておきたかったが、香水の匂いに辟易している親友を放っておくのも可哀想だ。  さっさと二階に上がり、セレクトショップのコーナーを見て回った。 「この手の好きなんだけど、ガーリィ過ぎるのは似合わないんだよね」 「俺にその手の似合う似合わないを求めないでくれ」 「そういえば桜庭ってどんな格好の女子が好みなんだ?」 「別に。そもそも誰かを好きになるのに服装から入るのか?」  ――確かに。  というか、もし桜庭がその手のタイプだったら、ボクのことを受け入れていなかったかも知れない。 「今日はとりあえず、目的のものを買いに行きますか」 「散々回った後に言う台詞じゃないぞ」 「へへっ。ごっめーん」  それでもフリルが付いたお人形のようなスカートやドレスを見て回るのは止められない。胸の(ふく)らみはないけれど、スリムな体型に合うものなら試着もしてみる。姿見に現れる色々なボクはまるで別世界の住人のようだ。  散々背の高い友人を振り回し、たっぷりとショッピングを楽しんで、気づくと十六時を過ぎていた。 「今日はありがとう」 「まさか水筒と弁当箱を買うのに付き合わされるとは思ってなかった」  帰りのバスから降りると紙袋を手に自宅の方に向かって歩き出す。桜庭の家までは一キロ以上あったが、彼はいつも付き合ってここで降りてくれる。 「LINEで言わなかったっけ? 美亜へのプレゼントだって」 「普通に服や化粧品の類かと思った。というか、それなら桃川に直接付いてきてもらえばよかったんじゃないのか?」 「そこが女心が分かってないって言われるとこだよ、桜庭くーん」 「そうですか。俺はベニと違って女装できないからな」 「それ、ボクの趣味ディスってるの?」 「俺の女心への理解度をディスった仕返しだ」  互いに笑い声を上げた。  こんな風に話せる友達ができるなんて本当に人生分からないものだ。ボクの女装趣味への理解者なんて幼馴染の桃川美亜(ももかわみあ)しかいないものだと思っていた。そんなボクにとっては彼、桜庭正陽(さくらばまさはる)は初めて親友と呼べる人間だった。
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