怪盗カルマート、あなたの弟子にしてください

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小学4年生のあのときまでずっと、僕の夢は「大怪盗になりたい!」だった。 「大人になったら、大怪盗になりたいです!」 幼稚園の誕生日会で、そう言ったことを覚えている。 僕の夢がそうなったきっかけは何だったのだろう。 3歳年上の姉が読んでいた児童書に描かれた、猫の怪盗がかっこよかったからなのか。 テレビで見た、白いマントをはためかせて夜空を滑空するキザな怪盗に憧れたのか。 世界中を飛び回り、悪党や大金持ちが手にしている美しい美術品を華麗に盗み出し、追手から逃げきって、優雅な生活を送る怪盗。自分がそういう怪盗になる未来を思い描いていた。 小学生になり、授業、テスト、行事と、次々と目の前に現れては過ぎ去っていくたくさんのものごとで忙しい日々を過ごした。 それでも、学校の図書室に通い、本の中で、有名な怪盗紳士や怪盗の美学を胸に飛行船で世界を巡る陽気な怪盗などと出会い、怪盗への憧れはつのるばかりだった。 そして、小学4年生の春。初めてのクラス替えを迎えた。 春の穏やかな風がそよそよと吹き、歩きながら眠ってしまいそうになりながら登校し、昇降口の壁に貼られたクラス表を見る。 僕は4年3組だった。同じクラスに割り振られた名前をざーっと見て、半分くらいは知っていたため、ふうっと息を吐いて新しい教室に向かった。 落ち着かない雰囲気の教室に入り、黒板に貼られている名前順で決められた座席表を確認して、左端の後ろから2つ目の席に着いた。まだ後ろの席の子は来ていないようだ。 すでにあちこちでグループが出来上がっているようで、いくつものざわめきが教室を満たしていた。 ちょっとドキドキしている心臓を抱えて、もぞもぞする尻を椅子に押し付ける。 ざわめきを聞きながらしばらくぼうっとしていると、チャイムが鳴って担任の先生が入って来た。 担任は、優しい先生だと聞いたことがある小柄な女性の先生だった。 担任の先生が簡単に自己紹介をした後、「名前、得意なこと、将来の夢をお話ししてください」と言い、席順に従って自己紹介をしていくことになった。 お花屋さんになりたい、飛行機のパイロットになりたい、社長になりたい、と一人ずつ立ち上がって夢を発表していく。 不揃いな拍手が湧いては静まり、やがて僕の番になった。 「技楽奇(わざらき)正義(まさよし)です! 得意なことは、えーと、特になくって、将来の夢は大怪盗になることです!」 思ったよりも大きくなった自分の声の余韻が、静まり返った教室に広がっていった。 「ふっ」 後ろを振り返ると、つやつやの髪の毛が蛍光灯の光を反射して輝き、アンティーク人形のように整った見た目の少年が口に手を当てていた。 笑われた? 喉がきゅっとして視界が薄暗くなった気がした。 美少年は口元から手を外して、優雅に立ち上がった。 先生が嫌に大きな音で拍手をして、クラスの人たちがパラパラと続いた。 僕はぎくしゃくした身体を動かして椅子に座った。 後ろから発せられる明朗な声が僕を包み込んだ。 「渡井(わたらい)佳音(かのん)。ピアノ、声楽、水泳、体操をしています。将来は音楽でたくさんの人を笑顔にしたいです」 大きな拍手の渦で教室がいっぱいになった。 頭がふわふわした状態で始業式を終え、家に帰った。 子ども部屋でこれまでに集めた怪盗に関わるものを眺める。怪盗が活躍する本、映画のポスター、アニメのDVD、マントを身にまとったぬいぐるみ。 怪盗たちの姿はスポットライトを浴びているかのように輝いて見えていたのに、今では薄暗い路地裏にいるみたいだった。 僕を笑った渡井佳音。絶対に仲良くしないぞ、と決意して子ども部屋を出て、夕ご飯のカレーをたくさん食べた。
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