人生

1/11
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 秋になって虫たちが衣替えしはじめるとおたは恋した娘のことを思い出す。あの日も秋の虫の音は鳴り響いていたのか、と頭の中をそんなことはよぎった。彼は恋人のかくのことをまだ思っている。奉公先の店で知り合ったのであった。おたはかくに出会い惹かれた。十代の頃にそれを恋だと思い知った。彼はこの恋を実らせたいと思っていたが無理ではないのかと考えていた。 そのうち一言二言話しはじめた。そのころもこおろぎの音はしていた。 「あの人は生きていたころはよかった。ちょうどこんなころだったな」彼はかくのおもかげを庭の石に見つけた。「何てことだろう」おたは一人庭にたたずんだ。長い秋の夜だった。「あの人はオレに恋してくれたのか」と気持ちは澄み切った、
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!