奪われた優しさ

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奪われた優しさ

結婚する前はあんなに優しかったのに。 新婚当初は結構優しかったのに。 時が経つに連れて優しさをなくした夫。 私は毎日、家事も育児もやってきた。 休みもないままがむしゃらに。 風邪をひいても心配の言葉もない。 ただ、疲れた私が作った料理を夫は無言でかき込む。 食べ終わった食器を流し台から眺めていると愕然とする。 夫婦らしい会話はない。 挨拶を交わす程度。 この毎日に私は疲れていた。 あの優しかった夫は一体どこに行ったのか問いたくなるほどの怒りと悲しみ。 新婚時に、冗談で言われた夫の 「あ、優しさどこかに落としてきた」 どうやら本当に落としてきてしまったようだ。 私はいつしか考えるようになった。 優しさはどこへ行ったのか。 優しさは落としてきてしまったのか。 はたまた優しさを奪われてしまったのか。 ある日、私は出社した夫の後をつけて外の様子を伺った。 その様子を見ると、かつて私に向けられていた優しさは確かに存在していた。 ただ、今その優しさを向けられているのは私ではなく他人だということ。 他人に戻ればあの優しさは返ってくるのだろうか。 それにしてもリスキーだ。 何か良い方法はないだろうか。 そして私はある結論に至った。 夫の優しさは他人に奪われてしまっている。 だから私にまで優しさを与えることが難しいのだと。 じゃあ、夫の優しさを私に向けてもらうには他人との関係を絶ってもらえばいい? 私は眠りについた夫の部屋からスマホを取った。その後、部屋の外側から鍵を何十にもかけ、夫を閉じ込めた。 これであの頃のような優しい夫が戻ってきてくれるに違いない。 他人に振りまいていた優しさが、全て私に置き換わることを想像すると興奮した。 貴方の優しさは全て私のもの。 次の日、夫は部屋から出られないことを理解できずに混乱していた。 私は夫に丁寧に説明する。 私のしたことを理解してほしかったから。 けれど、夫はそんな私を見て泣いていた。 なにか喋っているのだけれど、分からなかった。 泣きながら話しているからか、私の理解不足か、夫の説明不足か。 分かったことは私を哀れんでいるという事実。 私は逆上した。 かつての思いやりや優しさが欲しいだけなのに。 なぜこれほどまでに分かってくれないのだろうか。 私はハンマー、のこぎり、ドリルを手にした。 私の部屋と夫の部屋が隣り合ってる壁に向かって、受刑者が使用する配膳台ほどの穴を乱暴にこじ開けた。 私は穴を貫通させると夫の部屋をゆっくり覗き込んで言った。 ねぇ?これからもずっと貴方の食事をここから運んであげる。 貴方の着替えや洗濯はもちろん今まで通りやるわ。 貴方はそれに感謝して優しくしてくれればいいから。 それで私は頑張れるから。 夫は声も出ない。 急に部屋から突き抜けてきたのこぎりの刃を見て震えていた。 夫を閉じ込めていること以外はいつもと変わらない生活。 私が期待した夫からの優しさは相変わらずなかった。 徐々に苛立ちを隠せなくなった私は夫に罵詈雑言を浴びせた。 すると夫はこう言った。 「優しさを奪われたのは君の方なんじゃない?」 私はキョトンとした。 私の優しさが?? 誰に?? 私ノ優シサヲ奪ッタノハ貴方デショ?? 終
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