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俺は四月に同じクラスになった時から、藤野はるひを認識していた。甲高い笑い声が教室によく響くし、明るい天然キャラが初日から目立っていたからだ。
でも、「教室の景色」でしかない俺を藤野が「個人」として意識したのは、六月最初の水曜日だったに違いない。
あの日俺は、電車とバスを乗り継いで行った母親の職場で、藤野とばったり会ってしまった。それがたとえば、コンビニやファミレスなら別に、問題はなかったけど。
ピンク色のソファに座り、ぼんやりイルカの絵を見ていた藤野は、視界に入ってきた俺に気付いて硬直した。
そこが、心療内科の待合室だったからだ。
「吉友……?」
「え、あ、藤野?」
「なんで……」
表情をなくした藤野の手には、くたびれた診察券。張り詰めた雰囲気に気づいた俺の母親が、受付カウンターの中で「しまった」という顔をした。
「マサキほら、鍵。ちゃんとカバンに入ってるか確認してから家を出なさいよ」
苦い顔で差し出された家の鍵が、目の前で揺れて。
「藤野はるひさん、診察室にお入りください」
ちょうどアナウンスで呼ばれた藤野が、ちらちら俺を見ながら、待合室を出て行った。
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