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そのとき、パソコンの上げる唸りの他になんの音もなかった室内に、けたたましいチャイムが鳴り響いた。
「はーい」
のろのろと玄関へ向かい、扉を開ける。そして、眉間に皺を刻んだ。
「こんにちは」
「……また、お前かよ」
扉の前に立つ人物に、ため息を禁じ得ない。
「あのさ、人んちに何回訪ねてくりゃ気が済むの? 俺も、暇じゃないんだけど」
適当に嘘を吐く。本当のところを言うと、ものすごく暇だ。けれど、こいつ相手に会社をクビになったことなんて話したくもない。
俺の態度はものすごく悪いと思うのに、彼は表情ひとつ変えずに笑って言った。
「いや、だって、諦められないんだもん」
なにが、諦められない、だよ。俺のことを、ろくに知りもしないくせに。
下野昴。この町で唯一、俺と年が同じ人間。しかも、彼も俺と同じように、ここに越してきてから一年と経っていない、言わば同類だ。けれど、俺としては気に食わない。
一人になるために、こんな遠くまで来たのに。
「俺たち、いい友達になれると思わない? 同い年だし、びっくりすることに、同郷だしさ」
「東京なんて場所によって全然違うだろ。同郷とは言っても、同じような人間だとは思われたくない」
言い返しても、彼は笑っている。敵意と毒気のない、素直な笑み。それでも、好きになれなかった。
「うるさいな!」
気がつくと、叫んでいる。昨夜と同じで、力ない声だった。
「俺に関わんなっていってんだよ。失せろ」
思いきり扉を閉め、彼を玄関先に残したまま、パソコンに向かう。早く、次の求人を探さなければ。仮に求人が見つかっても、採用試験に合格するかはわからないんだから。こんなことをしている時間が無駄だった。
パソコンの画面には、R,Sの注意書がうつっている。それを閉じ、検索ワードを入力し始めた。
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