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 ピンポーン。翌日、チャイムがなると、俺は急いで扉を開けた。そこには、予想通りに昴が立っている。 「こんにちは」  彼はいつものように、頭を下げる。それに、俺も挨拶した。 「こんにちは」  そう返された昴は、驚いたように顔を上げ、まじまじと俺を見る。それに苦笑した。 「そんなに見んなよ。……ごめん、昴。お前のこと、色々言ってさ」  彼はしばらく沈黙し、そのあとゆっくり言った。 「宗太くん、思い出したの?」 「ああ、思い出した」  俺が答えると、 「やったあ!」  昴が歓声を上げた。 「大袈裟だな」 「思い出してくれた!」  喜ぶ昴に、俺は言う。 「どうしてだろう、思い出せなかったんだ。お前や、理穂ちゃんたちのこと。まるで、」  そう、まるでーー。 「記憶が盗まれたみたいにさ」  遠くに見える山が、綺麗な緑色だ。ああ、こんなに美しい景色だったのか。俺は今まで、なにを見てたんだろう。 「ははっ」  笑い声が聞こえた。視線を向けると、昴が笑っている。昔からの癖毛を上下させて、俺に言った。 「なんか、面白い表現だね」 「だろ」 「あはは」 「……あのさ、昴」 「なに?」 「あのさ」 「だから、なに?」 「……」  昴が真っ直ぐ、こっちを見つめる。 「俺の身にあったことと、理穂ちゃんが経験したことを、話してもいいか」  答えは、間髪いれずに返ってきた。 「うん、いいよ。そのかわり、僕の話も聞いてね」  ああきっと俺は、俺たちは、これからやり直していくんだ。  朝とも昼とも言えない十時の光が、山のてっぺんで溶けていく。それは、俺たちを照らす、希望の光だ。
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