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 深夜のオフィス街にいると、目が眩む。視界の隅で淡く白っぽい光が弾け、現実感を奪っていく。  駅について電車に乗り、揺られている間も、意識は朦朧としたままだった。車窓の風景が段々と見慣れたものになっていくのをぼんやり眺める。それを見るとまた、ため息が出てくる。  どうでもいい。全部。  やがて俺の住む駅が来て、ホームに降り立つと、風が冷たかった。小さな棘がいくつも刺さってくるようで、曖昧になっていた時間感覚がわずかに戻ってくる。  スマホに目をやると、時刻は午前一時だった。明日は会社も休みだし、と言い訳がましいことを考えてから、ふと気づいた。  そうだ。もう、関係ないんだ。俺には、明日向かう職場なんてない。ましてや、身を寄せられる友人もいない。ほんとになにもない、空っぽだ。  駅を出て、静かな一本道を歩く。さっきまでいたオフィス街とは打って変わって、空気の純度が高く、音と光がほとんどない。ところどころまばらに立っている街灯は、危なっかしげに点滅して、今にも切れてしまいそうだった。  真っ暗な道に、俺の足音だけが響く。きっと、この町で今起きているのは、俺だけだ。いつでも一人。朝も昼も夜も。ずっと。  そんな一人の夜だと信じ込んでいたからこそ、ゴミ捨て場に迷い混んだのかもしれない。俺が使っているアパートのとは違う、町内会のゴミ捨て場。すでにいくつか、ゴミが限界まで詰まった袋が置いてある。  そしてその中に、赤色の光が差していた。この田舎の夜にはそぐわない、救急車のランプよりも毒々しい、そんな光。それは、この世界で、この夜の中で、一つだけ歪だ。  思わず、膝をつき、ゴミの袋を避けて、光に触れていた。同じだ、と思える。俺と同じで、自然な田舎の風景に紛れ込んだ不純物。  でも驚いたのは、そのあとだ。一瞬の時を経て、光が増えた。今まであったのと同じくらいの大きさのものが、少し横にひとつ。そして、二つの真ん中の下に、それらよりも小さい光がひとつ。まるで、動物の目と鼻のような。  そう思ったときには、もう遅かった。光が俺の手からするりと抜け出し、動き出す。衝撃で後ろに倒れた俺の目の前に再び現れ、襲いかかってきた。慌てて立つものの、結局かすったような攻撃を喰らってしまう。  獣か? 猪かなにかが、やってきたのか。でも、ここは山から結構遠いのに、今まで獣が出たことなんか一度もないのに、なぜ?  考えている間にも、攻撃は休む暇もなく繰り返される。暗い背景の中に浮かび上がる赤い光は、ホラー以外のなにものでもない。  けれど、それを見ていたら、はっと気がついた。動物の瞳は、こんなに赤くない。それに、ここまで強烈でもない。こんなにも人工的な赤い光を、動物が持っているわけがない。第一、さっきから繰り返される攻撃は、獣の爪とはまた違う感覚だ。  そう、それは、まるでーー。  人間のような。 「やめろよ!」  咄嗟に声が出た。怒鳴るような口調ではあるのに、長いこと人と話していないのと喉がカラカラだったのとで、か細いものにしかならない。  声を出しても、打撃のような攻撃が止まることはなかった。 「俺に、なんか恨みでもあんかよ」  今度は、もはや独り言でしかない。掠れた呟きだった。  次の瞬間、今までの中で一番強い拳が飛んだ。すんでのところで避けたものの、足がよろけて地面に倒れる。そしてその隙を狙うかのように、次の一撃が飛んでくる。  まずい、と体を起こそうとしたそのときーー。  拳が、目の前で止まった。勢いをつけたまま、振りかぶった姿勢で。  のろのろと立ち上がり、改めて目の前のそれを見ると、赤い光が消えていた。  そのとき、電気が再びついた街灯に照らされ、一瞬ではあるもののその姿が露ににる。 「……ロボット?」  大人よりはやや小さいそのロボットの体が今、力を失ったようにドサッと音を立てて傾ぐ。
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