爺さんと算盤

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「大きくて、いい算盤だな。これ買うよ」    ある商店街で、僕は若かった頃の爺さんに出会った。  爺さんは洋服を売る商売を始めようとしていて、僕たちは良いコンビとなった。  生まれたばかりの店は、すぐに繁盛した。  毎日、毎日、体じゅうを指で弾かれるのが心地よかった。  他の店が、電卓を使うようになっても爺さんは大事に、大事に僕を使ってくれた。  他の店が、ショッピングモールやインターネットの影響で閉店してしまっても、商売上手の爺さんの店は常連さん達に支えられて潰れずに繁盛していた。  爺さんと同じで年寄りになった僕は、変わらずに、毎日体じゅうを指で弾かれた。  爺さんは仕事が好きで、暇さえあれば仕事の事ばかり考えているみたいで、仕事以外は誰とも付き合わず一人ぼっちだった。  でも、いつも幸せそうだった。  僕は爺さんが大好きだった。  その爺さんが、この前亡くなった。  店を閉めて、風呂に入って、僕がいる部屋に戻ってきたら倒れたのだ。 「一緒に住む人がいたら、救急車をよんで助かったかもしれないですね」  と爺さんの店に来た知らない人が言った。  僕は最後の最後に、役立たずだった。  僕は一人ぼっちになった。  これから、どうなるんだろう。  いろんな物がすぐに捨てられる、この時代に、大事に、ずっと使ってもらっていた僕だ。  無になる直前まで、爺さんを思い出しながら、幸せなまま生きられるだろう。  亡くなった爺さんみたいに。       (了)            
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