レンタル彼女と碧い海

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彼女との三回目のデートはレンタルラバーの社長の勧めもあって海に行く事にした。可愛い二十四歳の彼女はセクシーな水着を着ていて僕はドキドキして、海はとても綺麗で僕のロマンチックな気分は否が応でも盛り上がった。彼女の事が好きだ…けれど彼女はレンタル彼女。ビジネスで僕とデートしてくれているだけであって、彼女は僕の事を好きでもなんでも無い。完全に僕の片思いだ。 「今回のデートは如何でしたか?」 「とても楽しかったです。また、来週も彼女のレンタルをお願いします」 「お客様もしかして…彼女の事を本気で好きになられているのでは無いですか?」 「…はい、実は…」 レンタル彼女の派遣会社であるレンタルラバーの社長は楽しそうに微笑んだ。 「やはりそうですか…あなたはとても良いサンプル例になりそうです」 「サンプル?」 「実は私、心理学に少し興味がありまして、人間が人間を好きになるのに必要な条件を調べていまして」 「条件?」 「ええ、お聞きしますがあなたは何故彼女の事を好きになったんですか?レンタル彼女というビジネスであなたとデートしている彼女を」 「何故好きになったかと言われても…」 僕は返答に困った。何故彼女の事を好きになったのか…容姿が好みのタイプだったから?いや、このレンタルラバーでは事前に写真を見て自分の好みのタイプの女の子を選ぶ事は出来ないシステムだった。だからデート本番までどんな容姿の女の子が来るのか分からなかった。けれど僕の目の前に現れた彼女は若くてとても可愛かったし、そして性格も優しかった。だから僕は… 「私の研究では人間に恋をさせる事は、条件さえ与えれば簡単だと考えられます。例えば適度に可愛くて性格の良い女性に甘えられたり優しくされれば、大体の男性はその女性を好きになるはずです。そして海などのロマンチックなシチュエーションが用意されると、その想いは更に盛り上がっていく…まあ相手の女性はビジネスとして働いているのでお客様の完全な片思いになる訳なのですが」 「ちょっと待って下さい、じゃあ僕は例えば彼女じゃない他の女性がレンタルで僕の目の前に現れていても、その女性に恋をしていたって言いたいんですか?」 「その通りです。適度に可愛くて適度に性格の良い女性なら、恋の対象としては誰でも良いんですよ」 「違う!僕は彼女だから…彼女だから好きになったんです」 「では試しに次回は別の女性をレンタルしましょうか?」 「結構です!」 僕は怒ってレンタルラバーを飛び出した。失礼にも程がある。人が人を好きになる事はもっと複雑なはずだ。他人に与えられた適度に可愛くて適度に性格の良い女性なら誰でも良いはずがない。僕は彼女だから…彼女だから好きになったんだ。けれど…レンタルラバーの社長が言っていた「何故彼女を好きになったのか」の問いには答える事が出来なかった。好きになる事に理由なんて無いと言えば聞こえは良いけれど、彼女を好きになった絶対的な理由が無かったのも事実かもしれない。別の女性がレンタル彼女として僕の目の前に現れていたとして、僕はその女性を絶対に好きになる事はなかったと断言出来るのだろうか?三十歳間近で恋人が欲しくてたまらなくてレンタル彼女を雇っている程の男なら、適度に可愛くて適度に性格の良い女性なら特定の女性でなくても恋をしてしまうかもしれない… レンタルラバーに通い辛くなった僕はプライベートな連絡先を知らない彼女と会う事も出来なくなり、僕の淡い片思いも終わりか…と落ち込んでいた。 ある日出勤前に入った駅前のコンビニエンスストアに彼女にとても似た女性店員がいた。僕は目を疑ったけれど彼女はいらっしゃいませ、と僕に微笑んだ。どうやら僕が片思いしていた彼女に間違いない様だ。 「どうして…」 「レンタルラバー辞めたんです。何だか辛くなってきて」 僕はすぐに彼女の連絡先を聞きたかったけれど、他にお客さんも居たので我慢した。 「明日も出勤?」 「はい。同じ時間にシフトが入っているので」 僕は明日、連絡先を書いたメモを彼女に渡そうと思った。僕の終わったと思っていた片思いはまだ終わっていなかった。彼女との再会は運命的なものさえ感じる。レンタルラバーの社長の言っていた事はやはり間違っていたんだ。人間が人間を好きになる事は運命なんだと社長に言ってやろうと僕は思った。 「社長、報告です。ターゲットと接触完了しました」 「ご苦労様、彼はどんな感じでしたか?」 「再会を運命的なものの様に感じて感動していました」 「運命的な再会か…再会が仕組まれたシチュエーションだと知ったら、彼はどんな顔をするか非常に興味深いな」
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