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エシャルットに盗めないものは何もない。
そう噂される世紀の大泥棒がいた。
誰もその姿を見たことがなく、身長や外見はおろか、年齢、性別に至るまで謎に包まれており、はじめは保険料を目当てにした盗まれた側の自作自演ではないかと疑われているほどだった。
盗みを働く前には必ず予告状を出す前時代的な泥棒で、どれほど厳重な警備を敷いてもそれらを掻い潜り必ず目的を達成した。
王立博物館に展示されていた国宝級の宝石や、大銀行の金庫に厳重に保管されたインゴット、果てには政治家の悪事の証拠となる機密書類など。
エシャルットに狙われればそれを防ぐのは不可能だった。
市井ではこの怪盗による犯行を楽しみにしているものが多かった。
それはエシャルットが狙う標的は常に、影で悪事を働いているものや企業だったりしたからだ。
銀行から盗んだインゴットは換金して貧しい家庭へと配分し、汚職事件を起こした政治家は糾弾され懲免させられた。
国宝級の宝石は過去に他国から略奪したものだったので、エシャルットは盗んだ宝石をそのまま元の国に返却して感謝されたりした。
そのせいもあってか、自分達が標的とされないように大銀行は高利貸しをやめ、政治家たちは公正な政治を心がける様になってきていた。
正義ある泥棒エシャルット。
それが人々の認識であり誇りだった。
犯行が行われた翌日の新聞はいつも彼を讃える記事で飾られ、人々がこぞってそれを買い求めるので売店からは新聞が売り切れてしまうほどだった。
いつ誰が描き始めたのか、街の裏通りにはエシャルットのトレードマークであるジプソフィルの花模様の落書きが増えて来ていた。
やがて街には白く可憐な花が溢れていった。
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