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いつの頃からか一つの噂が生まれた。
王立公園タワーの展望階の窓から盗んで欲しいものを書いた手紙を投げればエシャルットが引き受けてくれると。
その際には封筒の宛名にエシャルットと記し、切手を貼らなければならないと。
噂が流れた直後、タワー周辺はまるで積雪の様に手紙で埋もれ、清掃局の要望もあってタワー展望階への立ち入りが禁止されるほどだった。
それでもしばらくの間、手紙が投げられるのが止まらなかったのは、エシャルットの犯行は自分の手紙を受け入れてくれたからだと主張する人間が数多くいたからだった。
だが、やがて人々はこの行為に興味を失くしていった。
エシャルットによる犯行がある時を境にぴたりと止まったのだ。
人々はエシャルットがついに逮捕されたのだと考えていた。
正義ある泥棒を逮捕したとなれば国民感情を逆撫ですると見越した政府が、彼の逮捕を隠匿しているのだと。
街にはエシャルットの解放、恩赦を呼びかける人々が列をなし国中を練り歩いたりしたが効果は見られなかった。
エシャルットがいたことでクリーンさを取り戻していた政界には再び汚職の泥が溢れ始め、国内は乱れ始めた。
資本家達は私腹を肥やし始め、労働者達は次第に見えない真綿で首を絞められる様に搾取され疲弊していった。
街からは白く可憐な花が消えていった。
そして誰もがエシャルットのことなど忘れ、日々の生活を送るのに精一杯だったある日のこと。
立ち入り禁止措置の解除された王立公園タワーの展望階から、一通の手紙がノエルの近い冬冷めた空に向けて投げられた。
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