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男は電車から降りると、迷うことなく改札へと向かった。少しくたびれたスーツとピカピカに磨きあげられた革靴。きっちりと整えられた髪に、ゆるんだネクタイ。先の尖った黒い革靴は暗闇に溶け、髪型や靴にこだわりをみせているものの、スーツとネクタイに男の性格が滲んでいるようだった。
男の名前は村上哲也。年齢は32歳。どこにでもいるサラリーマンで、どこにでもいる独身男性である。
しかしながら、村上には妙な癖があった。手癖が悪いと言ってしまえばそれまでだが、彼には盗み癖がある。幼い頃から、人の困った顔や動揺している姿を見るのが大好きで、哲也少年はことあるごとに『なにか』を盗んだ。
それは例えば、同じ幼稚園だったカオリちゃんの色鉛筆であったり、同じクラスだったミキちゃんの消しゴムであったり、盗むものはなんでも良かった。盗品に興味はなく、ただそれを失くした彼女たちが泣きながら先生に訴える姿や、なくなったということを誰にも言えずただ悲しそうに目を伏せている横顔こそが真の目的だったからだ。
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