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解雇される前は、不動産の営業職として働いていた。ホワイトボードには名前と契約件数が張り出され、百均のマグネットの数で一目瞭然だ。
僕の名前の上には、案の定マグネットはなかった。
「今月1件も契約取れなかったの山田だけだぞ。まるで給料泥棒みたいだな」
朝礼で部長に名指しで指摘された。他の従業員からは、嘲笑う視線と、ほんの数人からは同情的な視線を浴びて、僕は悔しさに拳をぎゅっと握りしめた。
「……すみません。お客さまの話を親身に聞いているんですけどね。あはは……」
思わず、乾いた笑い声を出してしまう。その声に反応して、部長から睨まれた。本気で仕事をしていないと思われたようだ。そんなことは決してないのに。
「給料ではなく、営業トークを盗んでくれたらいいのにな」
「は、はい……」
営業トークを簡単に盗めたら苦労はない。部長から皮肉を言われても、歯を食いしばった。
何を言われても家族のためだと耐える日々だったが、突然終わりが来た。
不況の煽りを受けて、派遣切りにあったのだ。
面接室で部長から、「君にはこの仕事が向いていなかっただけだ。お疲れ様!」と、この時だけ笑いながら言われた。
向いていないのはわかっていた。それでも自ら辞表を出さなかったのは家庭があったからだ。妻と幼い子どもが。
やりがいも欲しかったが、お金も大事だ。早く新しい仕事を見つけなくては。
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