奈落への始まり

4/6
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
翌日、グズグズしている春斗を宥めながら、会社に行き、会社の前で 「私、ここで待ってるからね、その退職届を出したら もう明日から、来なくて良いんだから」頑張ってと言う言葉を 言いそうになって、慌てて飲み込む。 「じゃ、行ってくるよ」のろのろと春斗は、会社の中へ、入って行ったが 暫くすると、小走りで出て来て「退職して良いって」と 緊張の糸が切れたような、ほっとした顔で言った。 「良かったね~じゃ、美味しい物でも食べて、帰ろっか」 「うん」昨日から、何も食べていない春斗だ、何か食べられるかなと 「何を食べる?」と、聞くと「たこ焼き、買って帰って、結衣と食べる」 まるで子供の様な事を言う。 「たこ焼きか~私も、久しぶりだな~じゃ、買いに行こう」 会社が、何で素直に春斗の退職を、許してくれたのかは分からないが そんな事は、もう、どうでも良かった。 たこ焼きを入れた、小さなポリ袋を持った春斗と、手を繋いで帰る。 手を繋ぐなんて事も、随分やってなかったな~ 何しろ、お義母さんの看病で、それどころじゃ無かったけど 少しは、春さんにも、気を付けてやっていれば こんな事には、ならなかったかも知れない、結衣は、後悔していた。 真面目で、お人好しで、子供みたいな純な心を持った春斗。 そんな春斗が、大好きだったのに、、「春さん、大好き」 結衣はそう言うと、繋いでいる手を、ぶんぶんと大きく振った。 春斗は、ちょっと顔を赤くして「結衣さん、皆が見てるよ」と、小声で言う。 「良いのよ、私達、夫婦だもん」結衣は、更に大きく手を振った。 会社に行かなくなって、少し状態は良くなった様に見えたが 七日七日の法事の度に、義姉達から「鬱ですって~何よそれ」 「それで、会社を辞めたって?これからどうやって暮らすのよ、まったく」 等と、言われる言葉で、落ち込んで元に戻ってしまった。 「お義姉さん、そんな言葉が、この病気には、一番悪いんです」 結衣がそう言っても「貴女は、黙っててっ」「これは、うちの問題なのよっ」 と、取り付く島も無い、法事の度に「長男なのに、情けない」と言われ 堪忍袋の緒が切れた結衣から「いい加減にして下さい、会社を辞めたのは お医者さんから言われたからです、長男が、何だって言うんですか。 大事なのは、春さんの病気を治す事でしょ」と、怒鳴られ 気色ばんだ義義姉たちは「そんな事を言うなら、もう知らないっ」と 怒って帰り、次の法事からは来なくなった。 その法事も、四十九日が過ぎると、もう、来年の一回忌までは無い。 満中陰志と書かれた熨斗紙を張った品を 親戚や、葬儀に来てくれた人に配り、何とか一区切りついた。 病院にも、ずっと通っていたが、良くなったり悪くなったりの繰り返しで 本当に、先が読めない病気だと思う。 失業保険で、細々と暮らしていたが、それも、いつまでも貰える物では無い。 結衣は、就職活動を始めた。 しかし、世はコロナ過の真っただ中、就職は、難しかった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!