義之と早瀬

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義之と早瀬

「とりあえず、今日は、これだけ持ってお帰り」義之は、分厚い封筒を呉れるひと月分の、40万が入っていた。 「もう?」「まぁ、前金と言うか、支度金とでも、思っておくれ。 こんな時ほど、思わぬ出費が有ったりするからね」「有難うございます」 こんな時は、素直に貰わないと、義之の機嫌が悪くなる。 玄関まで来た義之は、名残惜しそうに、もう一度、結衣をしっかり抱いて キスをすると、駐車場で待っていた、早瀬のタクシーで、会社まで行き 自分だけ降りると「結衣さんを家まで送ってくれ」と、早瀬に言いつけた。 「はい」と言った早瀬は、結衣に家の住所を聞き、走り出した。 その時の結衣は、早瀬のタクシーに乗るなんて、偶然だと思っていたが そうでは無いという事が、土曜日になって分かる。 結衣は、家の前迄ではなく、ちょっと手前で降ろしてもらった。 少し歩いて、玄関まで行こうとしたら「奥さん」と、呼ばれた。 「あ、遠野さん」それは、春斗の車が車検で、出していた車屋だった。 「速かったですね」結衣は、もっと日にちが掛かると思っていた。 「ご主人が電話に出て、出来たのなら、持って来ても良いと言ったので、、」 「そうでしたか」結衣は、車庫の門扉を開けた。 遠野は、車庫の中に有る、代車を外に出し、乗ってきた春斗の車を入れた。 「代金は、これだけですが」遠野の手には、請求書が有った。 何とか分割にして貰って、払おうと思っていたが、今の結衣には 40万と言う金が有る、直ぐに支払い、領収書を貰う。 「有難うございました」遠野は、にこにこしながら、帰って行った。 そんな声にも、顔を出さない春斗を心配して、家の中に入ると 布団を被って、丸まっていた「ただいま、春さん、車検、出来て来たわよ」 「持って来てと言った後で、気付いたんだ、うちには、お金が無いって、、」 布団をかぶったままで、そう言う。 「大丈夫、お金なら、心配しないで、私、就職できたんだから」 「ええっ、ほんと?」春斗は、やっと布団から顔を出した。 涙で、ぐしゃぐしゃの顔だった、結衣は、優しく涙を拭いてやり 「もう、何の心配も要らないからね、ゆっくり病気を治そうね」と、言った 「うん、、、でも、良く就職出来たね」「そうなの、運が良かったのよ 元の医療事務じゃないけど、何でも良いからって、探していたら 家の管理をしてくれないかって言う、話が有ったの」「家の管理?」 春斗は興味を示したのか、首まで布団から出して聞く。 「ほら、家って人が住まないと傷むって言うでしょ、だから私が行って 家の換気をしたり、掃除をしたり、庭仕事なんかも、するの」 「庭仕事?結衣に出来るの?」「何を言ってるの、私の実家は農家よ 小さい頃から、母の手伝いをして、土いじりは、お手の物よ」 「そうか~そうだったね」春斗は、布団の上に起きあがって座った。 「そんな仕事だけど、正社員扱いにしてくれるって言うから きっとボーナスも出るわ、楽しみにしててね」「うんっ」 帰る道々、春斗への言い訳を考えていた通りの事を言う、結衣の胸は痛む。 だが、春斗は、結衣の言葉を信じて「良かったね」と、喜んでくれ 「僕、結衣さんの代わりに、家事を頑張るよ」と、言う。 「有難う、でも、無理はしないでね、調子の良い時だけで、良いんだから」 結衣がそう言うと「うん、今日の夕食、何か作るの?」と、聞く。 「あら、食欲が出たのね、良かった~春さん、何が食べたい?」 「笹野のうどん、、、」「そう?じゃ、出前を頼むわね、何うどん?」 「あぁ、、きつねうどん」「海老天うどんにしたら?」 春斗は、海老天うどんが、一番好きだったが、一番高い「良いの?」 「任せなさい、今日は、私の就職祝いだもん」結衣の言葉を聞いて 「じゃ、海老天うどん」春斗は、嬉しそうな顔で言う。 お金が無い、お金が無いと、母と結衣から言われ続けていたので こんな、うどんを頼む時でさえ、遠慮するなんて、、、。 気付いてやれ無かった『ごめんね』結衣は、春斗に、心の中で謝り これからは、春斗が喜ぶ事を、出来るだけさせてやりたい、と思う。
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