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翌日、結衣が買い物に行こうとしていると、春斗も起きて来て
「僕、絵を描いても良いかな」と、言う。
「絵?春さん、絵を描くの?」初めて知った結衣は驚く。
「中学生までは、書いていたんだけど、お父さんが上手だと褒めると
お母さんが、絵なんかうまくても、入試や就職には、何の役にも立たないって
機嫌が悪くなるから、書く事を止めたんだ」「まぁ」
あの義母なら、そんな事くらい言うだろうなと思う。
その中学生の時に、春斗の父は死んだ。
それからは「お前は長男だから」と言う、母と姉の重圧に
押し潰されそうな、毎日だったのだろうと、結衣にも分かる。
「勿論良いわよ、どんな絵を描くの?」「水彩画だよ」
「じゃ、一緒に買い物に行く?画材を買わなくっちゃ」
結衣が、そう誘うと、家から出たく無いと、駄々をこねていたのが、噓の様に
「うん、一緒に行く」と、靴を履く。
良い傾向だわ、結衣も嬉しくなる。
春斗は、文房具屋で、熱心に画材を見て「これ、買っても良い?」と
安い画材を指さす「春さん、せっかく買うんだから
もう少し、良いのにしたら?」結衣は、それより少し高い物を勧めた。
「良いの?」嬉しいのだろう、春斗は、子供みたいに頬を染めて聞く。
「うん、私も、春さんの絵が楽しみだから」結衣は、そう言いながら
春斗の、この顔も義之が呉れた、お金が有るから見られたのだと
複雑な思いに揺れた。
翌日から、結衣は、弁当を二つ作り、一つは春斗の昼食用に置いて
自分も、深沢の実家に持って行く。
年に数回、ハウスクリーニングは入れていると言うが、やはり、家の中は
くすんだ感じだった、家中の窓を開け放ち、換気をして、掃除をする。
広い純和風の家は、掃除機を掛けるだけでも大変だった。
「まぁ、ぼちぼちやろう」結衣は、独り言を言いながら、せっせと働く。
12時になった、弁当を広げて食べながら
「春さんも、食べたかな~」と、思っていたら、メールが来て
「お弁当、美味しかった」と言う文章と、ハートのマークが送られて来た。
「まぁ、春さんったら」結衣は、くすくす笑い、初めて貰ったハートマークに
どんな言葉を返せば良いのか、ちょっと思案したが
「お弁当、食べてくれて、有難う」と書き、ハートマークを二つ送った。
そして『こんな、やり取り、今まで全く無かったな~』と
ぎすぎすした、義母と一緒の、結婚生活を振り返り、悲しくなる。
その気持ちを拭き取る様に、午後からは、拭き掃除をし
三時になったので、持って来た珈琲を飲む。
「何か、お菓子を買って来れば良かった、明日は、買って来よう」
こうして座っていると、七年間、ここへ通っていた頃を、どうしても思い出す
そして、七年間の慣れた手で、二度も満足させてもらった、先日の事も、、。
五年間、春斗との淡白すぎる、夜の生活に、自分の欲望は、抑え込んでいた
優しい春斗の傍にいるだけで良い、時々抱きしめてもらうだけで良い
そう、自分に言い聞かせていた。
それが、先日、義之に与えられた喜びで、もっとその先の
本当の喜びが欲しいと、身体の中心が、熱く疼くようになった。
こうなる事は、分かっていた、だから、最後の最後まで
義之に電話をする事は、避けていたのに、、、。
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