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「暗いとはなんだ、地獄に墜ちるのか」
「もう墜ちている。汝そのものが亡者で、汝のあるところが地獄も同然だ」
「では、どうしろというのだ」
「汝は阿呆か。明らかではないか。まずは盗みをやめろ。盗んだ赤子を儂に押し付けるのをやめろ」
なるほど、このねじくれ曲がった陰気な坊主に赤子を託したら、赤子が気の毒であることは間違いない。そして何より、甚兵衛はいよいよ腹が立っていた。
「ならば、赤子は己が育てる。盗人もやめる」
売り言葉に買い言葉である。坊主はふっと鼻で笑った。
「よう言ったわ。好きにせい」
「であるから、この寺に寝床を借りる。ここで赤子を育てるぞ」
なに、とひねくれ坊主は顔を歪めた。
「認めんぞ。勝手に居座るな。儂の食い物を猫糞する気か」
「荒れ放題の広い庭に畑を作ってやる。乞食のように近所の百姓を回って農具を借りればできぬこともない。食い物が穫れたら、手前にも分けてやる。寝床を借りる礼だ。どうだ、これなら盗人とは言わぬだろう」
坊主は甚兵衛を怪訝そうに睨んだが、そのとき、囲炉裏のそばに転がされていた赤子が小さなくしゃみをした。
彼と坊主は振り返り、赤子を見つめた。
丸い頬が桃色をしている。今は安らかに閉じられている瞳は、親の死も未だ知らぬだろう。
甚兵衛は目を細めた。失った息子にも、あのくらい稚い時があった。
すると、坊主がぶつぶつと呟くように言った。
「何にしろ、何か食わせんとな。……飴くらいなら舐められるか」
もしかすると甚兵衛は、今日限りで盗人をやめることになるやもしれない。
<終>
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