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山の麓へたどり着いたとき、黄昏の木々の間に山門を見た。
寺は崩れかけた塀で囲われており、古い門は固く閉ざされている。
血を流し痛みに疲れきっている甚兵衛は、門を叩いた。
「たのもう、たのもう。賊に襲われて傷を負った。一晩宿をお借りできぬか」
声をあげて何度か呼びかけたが、返事がない。
浮き世は物騒であるし客が悪人でないとも限らぬから、寺の坊主も日が落ちてからは門を開かぬかもしれない。
甚兵衛が諦めて歩き去ろうとしたとき、腕の中の赤子が泣いた。
赤子の声が薄闇にこだまする。彼が慌てて子供をあやしていると、扉が小さく開いた。
振り返ると、扉の隙間から、彼と同じくらいの年の坊主が覗いていた。鋭い目が炯々と光り、頬は無精髭に覆われている。
「……入れ」
「ありがたい」
甚兵衛は赤子を抱えたまま、門の内側に滑り込んだ。
坊主は門を閉ざして閂をかけると、黙って歩きだした。
彼は小汚い坊主のあとについて、境内を歩く。
中は荒れ放題で、庭には雑草が蔓延り、伽藍は傾いで亡霊でも出そうだった。他に人の気配もしないので、住人はこの坊主一人きりのようである。
宿房らしき建物の窓にだけ灯りが見え、坊主は彼と赤子をそこへ案内した。
坊主は湯を沸かし、針と糸を持ち出して、傷の手当てをしてくれた。
その間、赤子は囲炉裏のそばに寝かせておいた。
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