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傷を縫い終わると、坊主は言った。
「その子は汝の子か」
甚兵衛は迷ったが、答えた。
「いや、違う」
じろりと、坊主が彼を見る。
「盗んだ子か。人質か。どこぞへ行って、売り飛ばすのだろう」
彼はためらった。――そういえば己は、なぜこの赤子を連れてきたのだろう。
「先程、峠で拾ったのだ。両親は、賊に襲われて斬り殺されていた。放っておいたら、禽獣の餌食になる」
「獣に食われるよりは、人に売られて奴隷となったほうがましだとでも言いたいのか」
「売り飛ばすとは言っていない」
「汝は、まともな人間には見えん。賊か浪人か、いずれにしろごろつきだろう」
甚兵衛は慍として、思わず言い返した。
「己は、人は殺さぬ。そう決めている。己は泥棒だ」
「偸盗か。よくぞ自ら言ったものだ。人間の塵芥には変わりないではないか。墜ちる先が阿修羅道か畜生道かの違いだけだ」
――なんだこの坊主は。
傷の手当てはしてくれたが、ひどい悪口である。
甚兵衛は思いつき、言った。
「赤子は、ここへ置いていく。己は別にあの赤子を盗んだわけではない。己は明日ここを出ていくので、赤子をそなたに託したい」
ふんと坊主は鼻息を吐いた。
「そうして儂に赤子の世話をさせるのか。赤子はただでは育たんのだぞ。儂に手間をかけさせたうえ儂の少ない食糧も赤子に与えよというわけか。汝は骨の髄まで泥棒だな」
坊主の言うことは的外れというわけではないが、甚兵衛は怒るより呆れた。
「とんだひねくれ坊主だな」
「盗人が何を言うか」
甚兵衛は肩を竦めた。話にならない。
しかし、甚兵衛がこれほど他人と言葉を交わしたのは、久しぶりのことだった。彼は確かに人間の塵芥かもしれぬが、彼なりの言い分もあり、それを目の前の坊主に語りたくなった。
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