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「己は、好きで盗人になったわけではない」
甚兵衛はもともと、大名から安堵された小領を治める侍だった。しかし数年前に家老と弟の叛乱に遭い、内輪揉めの戦に敗れて国を落ち延びた。
「己は、当主の座を弟に盗まれたのだ。元服したばかりの息子も、その戦で失った。愚かしいことだと思った。侍でなければ家督を巡って弟と殺し合うこともなかったし、息子も死なずに済んだ。侍であることに辟易してな、己は剣を手放したのだ」
坊主は目を細めて甚兵衛を見遣った。
「弟に国を盗まれた腹いせに、おのれも盗人となったとでも言いたいのか」
「そんなつもりはないが、剣も名も捨てて放浪することになり、致し方なかった。生きていくのに必要なものを盗みはするが、それだけだ」
またも坊主はふんと鼻息を吐いた。
「おのれのことしか見ておらぬな。盗みの中身や理由によっては罪にならぬとでも言いたいのか。その盗みが汝の知らぬところでどんな結果をもたらすか、汝にどんな罪業が課されるかなど、知りようもないだろうに。何より汝は、農村の端に行って畑を耕すとか乞食をするとかいうこともできたのに、それもしなかった。言い逃れなど罪と恥の上塗りだ」
甚兵衛は思わず黙った。坊主は喋り続ける。
「とはいえ何も、盗人は汝に限ったことではないがな。儂に言わせれば、濁世を生きる人間は一人残らず盗人よ。人間は食うために他の生き物の命を盗み、愉しむために他人の心や時間を盗む。子は親の労を盗み、親は子の将来を盗む。ただ生きてゆくにも業を累ねるのに、そのうえ余計な盗みを働くとなれば、汝の先行きは暗いな」
何と根暗な坊主だ。彼自身世捨て人であるはずだが、甚兵衛は唖然とした。
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