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薬の効き目は抜群だ。そのぶん、飲む回数が増えるいっぽう。みるみる薬が減っている。いつの間にか瓶の底が見えそうなほどの量になっている。もし薬がなくなったときどうなるのだろうか。隣人からもらえるのだろうか。不安はそれだけではない。隣人の忠告が気がかりだ。くれぐれも飲みすぎに注意。飲みすぎると何が起こるのだろう。ラベルを破ってまで見せまいとするには、なにか魂胆があるに違いない。ただし、薬の副作用のようなものはいまのところ現れていない。いったいどんなデメリットがあるのだろうか。考えれば考えるほど眼が冴え、眠れなくなってしまった。
あくる日の朝、圭は寝過ごしてしまった。遅刻寸前、圭は出社の準備に気をとられ、薬の服用と持ち出しをうっかり忘れてしまった。薬の飲み忘れに怯えつつ、いつものように元気な自分を演じる。
「おっはようございまあす!」
「おはよう、田中君。きょうも元気だね」
いつもとおなじように理想の自分を演じるつもりだが、圭は調子が悪い気がする。
「変な事を訊きますが、きょうの僕、なにか変わったところはありませんか?」
「特にないよ。急にどうしたんだい」
「いえ、何もないならそれでいいんです」
同僚は首をひねって言った。
「強いて言うなら、今朝はちょっと元気がないかもしれない。何かあった?」
「いえ、大したことじゃないんです。それじゃ」
薬無しの演技は心もとない。でもそこそこやれるじゃないか。圭はホッと胸をなでおろした。だがいつ素の自分がひょっこり顔を出すか不安でしょうがない。
もしいままでの行動が演技だとバレたらどうしよう。周囲にはまだなにも訝る気配がないが、どうにも心細い。いままでうまくいっているぶん、すべてパアになったらと思うと気が気でなかった。
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