暗転

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暗転

 あれから一週間、私は不満の砂に埋もれていた。席に着きながらも、抗議の内容なんてまるで入ってこない。私の視線を、勝手に吸い上げるのはリッタだった。  結論から言って、彼女はほとんど変わらなかった。盗んだ翌日にだけ憂いを見たものの、期待にはほど遠い変化でしかなかった。  実際、リッタはアカウントを放置したまま更新を止めた。なのに、絶望がなかったのだ。  不満の原因はそれだけではない。奪った才能を咲かせようと、わざわざ時間を千切り執筆に充てた。面倒な作業でしかなかったが、脳内の映画を何とか文字にし、SNSに投稿までした。  これを好きでやっている人間がいるなんて信じられない。しかし、多くの反応で画面が揺らげば、作った甲斐もあるというものだ。  ――と、期待を積んでいたのも束の間、私に届いたメッセージは衝撃的なものだった。  “文章下手すぎ。こんなん読めねぇわ。はっきり言って才能ないです”  瞬間、怒りが吹き上がり、あっさりと筆をバキバキに折った。その上でリッタを見れば、宇宙人の指に――否、これを寄越した男に敵意を抱かないわけがない。今度会ったなら、とことんまで怒りを並べてやろう。そう決意した。  ただ、宇宙人の指を放り出そうとは思わなかった。顔と金――その二つは確実に盗みとってくれたのだ。バグはあれど、効力自体は嘘ではないのだろう。  どうせなら最後は、増殖し続ける不満や苛立ちを、抹消できる何かがいい。  嫌な相手をブロックしまくったSNSで、必死になって対象を探した。   *    期限まで、残り十日を切った。しかし、未だに最後の一つが見つからない。  それどころか、私の内面は嘗てないほどの劣悪な状態にあった。心に取り込まれた全てが、悪感情に変換される呪いに掛かったのだ。  こうなったのも、全て宇宙人の指のせいだ。いや、あの男のせいか。どちらでもいいが、とにかくこの最悪な状況をどうにかしろと訴えたい。  不意に、アパートの呼び鈴が鳴る。カーテンで閉ざされた部屋の中、肩が縮んだ。  このアパートには、越してきて二週間になる。しかし“事件”のせいで、片時も心を休めることが出来なかった。  何度も鳴らされたチャイムは、書類投函の音を皮切りに止んだ。
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