死と異世界転移

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死と異世界転移

 何が原因で死んだのか思い出せない。  様々な死因で何度も死んだからだ。  でも死ぬ間際に思った事は覚えている。  何故?  愚問っちゃ愚問だが、答えるとするならば……  俺が死んでも治らねぇ愚者って奴だからよ。 「何も意味も持たないまま、何も無いまま死にたくは無かった」  昔からだった。  昔から俺は誰かに、何かに対して上手く役に立てた試しが無かった。  気遣ったつもりが空回るなんてザラだった。  片想いした女と付き合う事も出来なかった。  その内、興味も無くして仕事についた。  歳を重ねる事に今度は、変わることの出来ない自分に苦痛を感じた。  どうしようもなく苛立った。  それからかもしれない。  でも、もっと前からかもしれない。  俺は仕事が始まると自殺する事ばかり考える様になった。  何かに執着していなきゃ、生きられなかった。  それが例え、自殺だとしても。  過労、だったらしい。  ただ疲れて身体がだるかった。  ただ眠かった。  微熱も出た。  でもこんな事で、微熱程度で病院に行くのは違う気がして俺は数日ぶりに帰って来た自室で眠った。  そしてどうやら、俺は死んだ。  それは、一度目の死だった。  死ぬ時ってのはあっという間で、呆気なくて。  そんでもって本当にあぁ、死ぬんだなって時に俺は…………  俺自身の死に、意味を求めた。 『死に意味があれば良いのか』  だから、たまたまだったんだろう。  偶然、俺は数多居る神様の一柱の目に止まっただけだったんだろう。  神様からすりゃ、遊びだったかもしれない。  もしかしたら、使命なんて無いかもしれない。  俺は異世界に召喚される形で第二の人生を得た。  神様と顔を合わせるという段階を踏まずに。  実際は会っていたのだとしても記憶は無かったので、会ってはいないだろう。  召喚された時にチラリと見えた俺のステータスの称号は…… 「代替英雄」  だがその称号は、俺にしか見えない物だったらしい。  他の者が見た称号は、「英雄」。  ……が、異世界で待っていた彼等が求めていたのは「勇者」の称号を持つ者だったらしい。  当然、俺の存在は落胆と、最低限の礼儀と、一縷の希望によって勇者が現れるまでの繋ぎとして一応丁寧に扱われる。  それから数年後、俺は俺の称号の意味と召喚された意味を、役目を自覚せざる得ない状況に置かれた。  勇者が召喚されたのだ。  最初に青年()と会ったのは俺がこの異世界に召喚とか言う形で転移してから数年後、つまり今になるのだが……  いや、まさかと驚いた。  異世界(ここ)の人間達は(英雄)だけでは飽き足らず、地球(異世界)からの召喚を続けていたのだ。  懲りねぇ奴らだ。  今までの巻き込まれて召喚されてしまった人間(奴等)を保護するこっちの身にもなって見やがれってんだ。  そう思いつつも俺は素知らぬ振りをして脳みそのどっかで思う。  また何も知らない哀れな子羊(日本人)を召喚しやがったな。  召喚されてしまえば、故郷への送還(帰還)が出来る訳でも無いのに異世界たるこの世界の都合に散々付き合わせる事に罪悪感が無いあたり、召喚を続けているこの国は支配欲が強く、倫理感が薄いのだろうな。  溜息を吐いて転移陣の方を見る。  転移陣の輝きと共に現れた一人の青年に思わず目を奪われた。  そろそろ切ろうか、と考える頃合いの長さの肩に届くか届かないかの艶やかな黒髪。  遠目から見ても、あまり外へは出ない事が予想出来る程白い肌。  いきなり知らぬ所へ来てしまった事への驚きからか、丸く見開いた瞳は、薄らと青みがかかっていた。  目元が少し赤いのは、召喚される直前まで泣いていたのだろう。  白い肌に淡い花弁が一つ舞い落ちたかの様な小さな唇。  どのパーツも、整ってると言えるだろう。  これが美人で無くてなんだと言うのか。  神様は膨大な力に見合う美しさを選んだらしい。  とんだ面食いな神様だな。  彼を召喚させたのはもしかして女神様か?  現に異世界(この国)のさっきの転移陣にかけた魔力は膨大だった。  ついでに、青年の方からは転移陣よりも膨大な魔力が感じられる。  …………おいおい、何だこりゃあ。  どういう構図なのか、召喚陣に現れた青年に熱い眼差しで見つめる王子。  いや分からんでも無いけど、男だぞ? 「ん"んっ」  周囲の人間の意識が戻るように、と咳をする。  皆が同じタイミングで意識を取り戻した辺り、精神系の常態異常に強い人間は殆ど居なさそうだ、と溜息も吐きそうになる。  一瞬、恨みがましい視線(ヘイト)が俺に集まる。  だが、実際に話を進めるのは王子だ。  王子は青年と話せる事が嬉しいのか、頬を紅潮させて前へ出た。 「唐突に召喚してしまい申し訳ありません  呼び掛けに応じて下さり、ありがとうございます  どうか我が国、いえ世界を救う為にご助力頂けないでしょうか?」  恐らくは王子自慢の甘い笑顔、なのであろう笑顔を青年に向けている。  イケメンに類する人間の笑顔だ。  輝いて見えるのは間違いでは無いのだろう。  俺にはひたすら気持ち悪い物でしか無いが。 「は、呼び掛け?  これが?  拉致じゃなくて?」  聞こえたのは低い声だった。  恐らくは青年の声だろう。  言いたい事は分かる。  召喚どころか呼び掛けられた記憶すら無いのだろう。  俺と同じで。  青年は熱い視線には気付かないのか、気付いているからこそなのか、周囲を見回して困惑する様に視線を彷徨わせ、俺と目が合うと、どこかホッとした様に息を付き、瞼を伏せた。  …………まつ毛長い。  いや、見てる場所がおかしいとか儚げな色気が、なんて感想を持ってしまった事がそもそも変なのはよく分かっている。  この青年に、どんな能力を付与したらこんな事になるのかが逆に想像出来てしまう辺りが怖い所だが、多分俺の周りも見ている箇所は同じだろう。  現に、阿呆みたいに口が閉まらない奴も居るし。  ほぅ、と満足気に溜息を付く奴も居た。  きっと、この青年は前途多難な日々を過ごす事になるのだろう。  そこに俺が巻き込まれないとは限らない。  何せ俺の存在はそもそも―――――――同じ地球育ち(同郷)な上に青年の為に消費される為に用意された限りある代替(消耗品)なのだから。  日本では無いどこか  他国は他国、ただし世界が違う。  小国でありながら、侵略も侵攻もされていない国に建国時から残る伝説の物語があった。  物語には欠かせない事が一つ。  それは物語のある存在が物語の中で最も必要とされ、鍵となっていた事。  伝説上では「記憶の器(メモリア)」と呼ばれていた。  これは、その存在()の物語。
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