7人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
・・・
扉を開けると、ポニーテールの砂原が古びたアパートの廊下に立っていた。
「悪い、砂原。ありがとう」
言うが、砂原は目を見開いて俺を見ている。思わず俺は「……何?」と訊いた。
「……いや、何でも」
小声で言うや否や、彼女は「はい、ちゃんと食べて!」とわざとらしく大きな声を出し、ビニール袋を俺の眼前に差し出した。彼女のさっきの様子が少し気になったが、とりあえず俺は「ありがと」と受け取った。
「上がって。部屋散らかってるけど」
「お邪魔します」と砂原は靴を脱いだ。
ガッツリしたものが食べたいという俺の伝言通り、彼女が持ってきてくれたのはハンバーガーとポテトだった。客観的に見れば、少し前まで寝込んでいた人宛てとは思えない食べ物であるが、俺的には大正解だ。ただし栄養のことも考えてくれたのか、サラダもついていた。
卓袱台の上にそれらを広げる。食欲をさらに加速させる匂いが鼻を掠めた。盛大に腹が鳴る。その音に急かされて食料に手を伸ばした。砂原はそんな俺を横目で見ると、ふーっと長い息をついた。
咀嚼音のみが響く、静かな時間が続いた。すると不意に砂原が口を開いた。
「……恋人が亡くなるなんて、本当につらいと思う。特に鈴野くんは菜緒歌にべったりだったし……」
俺は黙ったまま、つっかえている気持ちを押し流すようにポテトを飲み込んだ。
砂原は続ける。
「だからこそ、鈴野くんが元気になってくれてよかった。私、ずっともやもやしてて……。菜緒歌を鈴野くんに紹介したの私だし」
俺は油で汚れた手をティッシュで拭いた。目を伏せる。
「……俺……吹っ切れたわけじゃないけど、やっぱり前には進まなきゃいけないし。それが俺の義務かなって思うから」
「……そっか」
砂原は体育座りをして、膝の間に顔を埋めながらそう言った。
二人を、薄暗い空気が覆っていた。
最初のコメントを投稿しよう!