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①じいちゃんとワカサギ
じいちゃんはよく、湖面の凍った場所に穴開けて釣りをしてる。
ちいちゃいお魚で、ワカサギって。
針がいっぱいついた糸で、きっもちわりいうねうねの生き餌をくっつけて穴の中に垂らすとお魚が食いついた。
あっつい油にお魚に粉かけてドボン。
お魚の気持ちになったら考えらんないやって思った。
「いつきも食ってみろ」
そう言われて、さっきまで動いていたのになって思いながらも言われるまま食べてみたら
「何これ!信じられないくらいにうまいよ!!」
「そうか。良かったじゃねーか。」
僕の口から僕のお腹に入ったお魚は、どんな気持ちか知らないけど、うまい以外の何者でもなかった。
「コイツらな、まさか食われるなんて思ってないから、呑気にな虫が来たら今日もたらふく食ってやれってそこに針があるとも気づかずによ、食いつくんだよ。」
生き餌を針につけて穴の中に垂らす。
「じいちゃんは残酷だな。」
「違うな。」
「んー?」
「うまかっただろ?」
糸が下に引っ張られたらお魚がかかった証拠。
「…もう一匹くれよ。」
「自分で揚げてみな。」
バケツの中で、スイスイ泳いでいるのをわざわざ掬って、粉をつけて油に入れるのが悪い気がした。
「じいちゃん」
「ん?」
「生きてるよな」
「食いてーんだろ」
「うん。」
「そういうことだ。」
じいちゃんの目は、何か仕方ないって感じだし、
お魚にしたって、自分のこの先について何か思ってるかもしれないし。
「俺たちはな、そうやって生きてるんだ。
みんな一緒。…一匹でいいのか。」
「じゃあ、僕はこのお魚に、
ごめんて思わなくていいのか。」
「…いい。美味い美味いって食えば良い。」
釣ったら釣った分、食べてやんなきゃいけない。食べない分はどんなにおもしろくても釣ったらいけない。じいちゃんはそんなことを話しながら、どんどんお魚を油に入れていく。
始めのうちは熱くてびっくりして暴れるお魚も、観念して動かなくなる。そんな姿を見ているうちに、お箸を借りて一匹だけ油に泳がせてみた。不思議なほどに悲しくはなくて、嫌な気もしなかった。
「僕の体になったら僕と一緒に遊んでくれよ」
不意に出た自分の言葉に少し驚いたくらいだった。
肺まで凍りそうな空気。油であったかくなったお魚を一生分食べた気分だった。
それが、じいちゃんが死ぬずっとずっと前の話。
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