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森下中学校、卒業式。
全ての音が止まった教室でまどろんでいたら、急に音が鳴りだした。ドアが乱暴に開いたのだ。「…びっくりした、新か。いいの、卒業写真撮ってこなくて」「いい。それに、もうお前と撮っただろ」染めた明るい茶髪を乱暴に揺らしながら、新がつかつかとこっちに歩みよってくる。たったそれだけなのに、私の鼓動が早くなって、息が詰まりそうになった。
新が、どかっと音を立てて私の隣に座った。「藍」「なに」少しの間があって、新が口を開いた。「なんで俺と同じ高校選ばなかったの?」そう来たか。私は唇を噛んだ。「…なんでって、私の選んだ高校の方が自分に合ってると思ったから」「…それだけ?」「…それだけ。」
嘘。本当は、それだけじゃない。
新のただの幼なじみとしてそばに居るのがもう辛かった。
どれだけ近くにいても、新は私を見てくれない。
私を見てよって。特別って言ってよって。
そう思い続けるのが辛かったから。
だから、新と違う高校を選んだ。
それが本当の理由。
それがあなたと離れた理由。
でもさ。
「言えるわけないじゃない」
私が小声で漏らした声を、新が敏感にキャッチした。「え?藍いま言えるわけないっつった?」「は、はぁ?言ってないわよ」嘘だね、と言って、新は拗ねたように窓の外を見た。
耳にかかっていた髪が方向を変えて、形のいい耳たぶとシルバーのピアスがあらわになった。
「俺は言えるよ」新が窓の外を見たまま言った。
「藍」
新がひとりごとのように私の名前を呟いた。
「…なに」私も新に背を向けた。
「ひとりごと」「なにそれ」
なにそれ。…本当に、なにそれ。
誤魔化せるわけないじゃない。
ずっとずっと幼なじみやってきたんだから、今のがひとりごとじゃないことくらい、わかるよ。
それなのに、私は「急にひとりごととかキモいんだけど!酔ってんの?」とか言って誤魔化してしまう。新は少し戸惑ったような顔で「ちげーし!酔ってんのお前だろ?」と返してきた。
やっぱり、今日も、言えなかった。
卒業式から数日経った午後、新から「渡したいものがある」と連絡が来た。
私はとりあえず新の家に上がり込む。「渡したいものって何」私が問うと、新がぶっきらぼうに荷物を私に押付けた。「…これ。お袋が藍ちゃんにって」私に差し出されたのは、
「アルバム?」
それは、小さい頃からこの間の卒業式までの私たちの写真がたっっっっくさん入った大きなアルバムだった。
生まれた時。5歳、一緒にハイキング。8歳、はじめてのハロウィン。9歳、家の前の桜の木の下で。
15歳、新と藍ちゃん卒業式。
2人で駄べりながら写真を見ていたら、新が突然言った。「俺、お前と出会えてよかったわ」私は吹き出して言った。「なにそれ」
新は、ニヤリと笑って一言。
「愚痴」
いつもの通り、「なにそれ」と思ったけれど。
新の言わんとしたことも、何となくわかったような気がした。
「ねえ、新」「なに、藍」
6畳の洋室、新の部屋。目と目がぶつかり合う。
やわらかそうな前髪からのぞく全然やわらかくない目が、私の目を見つめる。
私は思わず笑ってしまった。
「私たちはさ。これでいいよね」
新も、やわらかく、笑った。
「なんだよそれ」
いつも通りの私たちを、全く進まない私たちを、優しい葉擦れの音を響かせる桜の木が笑っているような気がして、私はさらに可笑しくなった。
そして、早くも散り始めた花たちは「がんばって」と言っているような気がした。
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