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急ぎで、との手合わせに私は頭を回転させた。パレットと水、乾きの速いアクリルガッシュの青墨と焦茶。スポンジをガーゼでくるみ輪ゴムで留めてたんぽを作る。スモックを来てイスに腰掛けた彼の肩にタオルをかけた。
3日前とても美しい瑠璃色をしていた髪は、やはり色落ちが早いのかもう艶がなくなっていた。メッシュの所だけ指で掻き取り左掌にのせ、墨と茶の半分色のたんぽでポンポンと色をのせていく。なるべく1本1本カバーできるよう指でなぞって調節しながら、速く乾くように息を時折吹きかけて……
「素手で大丈夫?」
「感覚がわからないので。髪の毛のほうがシャンプーで落ちるか心配です」
「平気、平気」
彼の喋った吐息が私のスモックの胸元を揺らす。彼は大股開きで座り私はその間に入っている、なんとも密接した態勢だ。
こんなに側で……髪に私の息までかけられて、彼は嫌ではないのだろうか?
つい集中力を欠く疑問が浮き出ると、彼の顔色を観察したい気に囚われて……ズームアウトするとバチッと目が合った!!
「真白ってさ、よく観察してるようで違うとこ見てるよね?」
「えっ!?」
彼の瞳に縛られてドクンと心臓が大きく鳴った。この至近距離で射抜かれた心音が伝わらないようはぐらかす。
「ぜ、全体的なイメージを観察する癖です」
「そう……」
彼の視線が外れると私は髪だけ視界に入れて集中することにした。全部の青髪を塗り終えると仕上がりに彼はとても満足して、鏡の自分と私を交互に見る。
「すげぇ!ありがと、真白!」
「早く行って…」
繰り返される賛辞と笑顔に、また手がピリピリとむず痒くなってきた。彼が無邪気に去った後まで、髪の感触も寄り添った感覚も余韻が残って……今日も絵を描くことができなかった。
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