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祝いの席
「イル! こんな祝いの席に呼んでくれるなんて嬉しいよ! 俺には化学のことなんてさっぱりわからんが、有名な賞なんだろう?」
ゲーグは全く衰えの見せない力強い手で、遠慮なく私の背中を叩いた。それには、苦笑するしかない。
「久しぶりだな、ゲーグ。ま、『後輩を教えるのが上手だったで賞』と言ったところだよ」
昔の相棒に答えた私の言葉は、謙遜と真実が混ざっていた。この受賞パーティ会場にも名の知れた化学者に成長した教え子たちが集っている。
そんな教え子たちは私の自慢だった。私生活ではパートナーも子も持たず独身を貫いている私には、彼ら彼女らが私の何かを繋いでくれる存在だったのだ。
「先生! 受賞おめでとうございます! あの、こちらの方は?」
と、一番若い研究者がこちらに近づいてきて我々に声をかけた。学者が集っている場にゲーグがいたとしても彼に声をかける人間は少ない。見ると彼女は大分酔いがまわっているようだった。
「ああ、彼は私の古い友人でね」
「よろしく。お嬢さん」
「へぇ……」
彼女は酔った目でゲーグを見て、そこで顔をこわばらせた。それは、多分平和な時代の普通の反応なのだ。
ゲーグの右足はフル機械式義足だった。隠しておけばわからないそれを、ゲーグは堂々と晒しているのだ。それだけではない、彼の顔には兵士時代に負った傷がまだ残っている。
事故に巻き込まれた人なら、大抵は傷跡を消す。そうやって、大勢に負傷の跡を見せて歩くのは、一部の傷痍軍人の『プライド』のようなものだった。
「……先生、私お邪魔なようですので、また後で来ます!」
ゲーグを見て、その存在を飲み下すこともできず、教え子は逃げ出した。平和しか知らない若人にはよくある反応だった。
「イル。たまには俺の家に遊びに来ないか? 孫の自慢がしたいんだ」
「ご招待に預かるよ」
ゲーグは彼女の行動のようなものには慣れっこになっている。だから謝るなと、そう言われた言葉に私は頷いた。
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