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「それは……できない……」
麻友につられて、俺も掠れた声で返事をする。
二人の妙な沈黙が、行き止まりになった気持ちを部屋に滲ませている。
「…お願い…今日だけでいいの。一回だけでいいから……どうしても抱いて欲しいの。」
「でも……俺は隼先輩のことが好きだから……」
「分かってる。それでもいいの。一回だけでいい。そしたら……」
もう諦めるから…
聞き取れないような小声で、麻友はそう呟いた。
……諦めることなんて、出来るのだろうか……。
俺は隼先輩と体を重ねて、これまで以上に気持ちが強くなった。
体だけでなく、心も手に入れたくなってしまった。
隼先輩への恋心は、どんどん欲張りになっていく一方だった。
「……諦められなかったら…どうするんだよ?」
瞳に涙を浮かべながら俺を見上げる麻友に問うてみた。
麻友はスっと俺の服から指を離した。
「……そのときは…勝手に想ってるよ。いつか本当に諦められる日が来るのを待つしかないもの…」
絞り出すような声で、麻友が答えた。
床を見つめる目線は、見えない深い想いの底に引きずり込まれているようだ。
「……麻友が諦められたとしても……そもそも、俺の気持ちが追いついてないよ……。俺の事が好きじゃない人とはセックス出来たけど…俺自身が気持ちを向けてない人と、出来るかは分からない……。」
小さな頃から知っている幼馴染には、自分の気持ちも正直に言える。
忖度も遠慮もない本当の気持ちを、相変わらず目線を下に落としている麻友に伝えた。
そもそも論として、俺が好きなのは隼先輩だ。
それなのに、他の人とセックスをしてもいいのか……。
もちろん、隼先輩と付き合っているわけではないのだから、他の人としたところで倫理的な問題は何もない。
でも、本当にいいのだろうか……。
素朴な疑問が、頭から離れなかった。
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