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雨がしとしとと降る秋の夕暮れ。外は既に暗い。
都内のマンションの一室。
私と修也が二人でキッチンに並んで餃子を作っている。
私達は調理師の専門学校の学生で同じクラスなのだ。
私は5年間勤めた会社を辞めて調理師学校に入学したから、高校を卒業してすぐに入学した修也とくらべて5歳離れている。
明日の調理実習で餃子を作る事になっていたのだが、なかなか上手に皮が包めないので、中華料理屋でアルバイトをしている修也に教えてもらう事にしたのだ。
「企業機密なんだけどね。」
修也は餃子の作り方を教えてくれる。
見事な手際の良さで皮に具材を包み込んで、瞬く間に皿の上に並べて見せた。
「さすがー!!」
私は手をパチパチと叩く。
包む時の力加減とか、裏技的なやり方を教わる。
修也の手が私の手に触れる。そんなやり取りになったので、あまり餃子には集中できない。
後は焼くだけとなったところで、修也は帰宅して行った。
「後は冷凍食品を焼くのと一緒だよ。あ、少し水少な目が良いかも。じゃぁ、俺はこれで!」
一人取り残された部屋で餃子の群れと見つめ合う私。
とりあえず餃子を焼く事にして、ビールの缶を開ける。
テレビをつけて頬杖。
バラエティ番組を見ていると少し寂しい気持ちになる。
「家族向けすぎやしない?」
私は独り言をつぶやきながらキッチンに戻り、できたばかりの餃子を皿に盛ってテレビの前に移動する。
餃子を食べると、プロが作る専門店の味がした。
材料の切り方が違うだけで、自分が作るものと食感がまるで違う。
「うちの調味料使ってよくこんなにおいしくできるな。」
感心しながら餃子を食べ、ビールを飲む、を繰り返して時間を過ごす。
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あっという間に学生時代が過ぎ去って、卒業となった。
卒業後、就職先は地方のホテルに決まった。
「あのまま腰かけで経理の仕事をしていれば良かった・・のかな。」
迷いはあった。
でももっと誰かの役に立っている実感が欲しかった。
お客さんから直接、
「ありがとう」
って言ってもらえる、そんな環境に変わりたかった。
職場には何年間も社内恋愛をした交際相手がいた。
父と母に紹介して結婚までもう一歩のところまで来たのだけど、そこで踏みとどまった。
もちろん周囲からは大ブーイング。
それが会社を辞めたきっかけと言っても過言ではない。
交際相手の男性はとても良い人だった。
でも。なにか違うような気がしていた。この違和感がどうしても拭い去れなかった。
地方へ移住する為にこのマンションを引き払う事になり、毎日後かたずけや荷造りをしていた。
そこに突然、修也が現れる。
「おいっす。」
修也は片手にビール缶が数本入った籠を下げて現れる。
ミリタリーのジャケット。
最後に会ったのは半年前。
随分前髪が伸びて、顔が以前よりも少しこけているように見えた。
それにひきかえ、私は薄汚れたエプロン。膝くらいまでまくり上げたジーンズに素足。両手はピンクのビニール手袋というスタイル。
「ひでぇかっこ。笑」
修也は笑いをごまかさない。
「急に来ないでよー。準備くらいさせてよ。」
「ごめんごめん。そういやお前どうしてるかなって気になって、ここ通りすがったので来てみた。これコンビニで買ったビール。一緒に飲む?」
そこから私達二人の酒盛りが始まった。
話が盛り上がる。思いの外、学生時代の想い出話が溢れるように出て来て驚く。
ビールやピザを宅配で注文して食べて、気が付いたら22時くらいになっていた。
「引っ越しいつ?」
修也が話題の途切れたところで真面目な表情で聞く。
「明後日。」
「もう二度と会えないのかな。」
「え?もう一度会いたいの?」
「そういう言い方無いよね。せっかくこんなに話盛り上がって仲良しになったのに。」
「卒業する前に、もっとこういう事やっておけばよかったね。」
少し沈黙。
「あのさ」「あのさ」
沈黙を破ろうとして二人が同時に話しかける。
「あ・・どうぞ」「そちらこそどうぞ」
急の譲り合い。
「実は昨日、君の元旦那なのかな。急にうちに来て、お前を返せって言って来てさ。」
「え・・なにそれ。」
私は瞬間的に頭が真っ白になる。
「どこで調べたかわからないんだけど、半年前、餃子つくりに来た事あっただろう?その時にこの部屋を出入りした写真とか突き付けられてさ、めっちゃ焦った。」
「探偵でも雇ったのかな。」
「わからない。何か心当たりある?」
私は前職のこと、つまり学校に入学する前のいきさつを説明した。そして結婚間際で破談になった元カレの存在を告げる。
修也はミリタリージャケットのポケットをいくつも探し回って、その一つから名刺を取り出して私に投げてよこす。
「あ・・・」
それは、間違いなく、破談した彼のものだった。
「なんかさー。面倒くさい事に巻き込まれたなーって思ったんだけど。俺、全然無実だし。で、一旦君とちゃんと会話した方が良いと思って今日、来たんだ。」
「ありがとう。気、使ってくれたんだね。」
「っていうか、君の事やたら気になって眠れなくなってさ笑」
「そうなんだ。ショックだよね。そんな事あったら。」
「俺はいいんだけどよ。それよかさ、今日、ここ泊まって行っていいかな?」
「え?え?え?え?」
そのまま私達は一晩を過ごす。御想像にお任せします、って言うべきシチュエーションが過ぎ去り。朝がやってくる。
しかしのんびりと過ごす予定だった朝は、突然の大きな音で壊される。
「聞こえるかぁ!!!!!由美!!!!!」
酷く興奮した声で玄関を叩く男の声。まるで泥酔した酔っ払いのようなろれつのまわらない声。
「義彦さん・・・。」
声ですぐに元カレとわかる。
何度も蹴りを加え、扉がガンガンと音をたてる。
付近住民が警察に通報したらしく、暫くすると警察が現れて騒いでいた人物をとらえる。
現時点では不審者として処理されているようで、警察は私達に挨拶をするだけで引き上げる。元カレであるかどうかまではわからないらしい。
「怖かった・・・」
私達は恐怖を乗り越え静寂の戻った部屋で、台無しになった朝をやり直す。
「ご飯、いらないの?」
修也はすぐに服を着て帰宅しようとしていた。
「うん。昨日飲み過ぎて、何もうけつけない。」
「わかった。」
「元気で。」
「え?」
あまり会話する時間を稼がせたくないように見えた。
そのまま私は修也を見送る。
連絡先も交換せずに。
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あれから2年が経過し。
私は海の見えるホテルで調理師として働いている。
新しい出会いも無い。仕事をして家に帰って寝る毎日だ。
でも充実している。仕事がとても楽しい。お客さんの笑顔がとても励みになる。
(おわり)
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