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とある食堂を経営するシェフは、食材と会話が出来るという特殊能力を持っていた。
調理の前に食材と会話して、人間に食べられたいという願望を持っている食材だけを、調理して客に提供していた。
人間と同様に、食材も個性豊かだ。
「人間よりも豚に食べてもらう方がいいんだ」とか「このまま、生ごみとして生涯を終えたい」という考えをもつ食材もいる。
シェフは個々の食材の意思を尊重して、出来る限り希望通りにしてやった。
そのシェフだが、実はアスパラガスが大嫌いだった。
一番の理由は、舌触りが何となく嫌だからだ。
ある日、シェフはアスパラガスに言った。
「せっかく、ウチの店に来てもらって悪いんだが。実はお前を客に出すのをやめて廃棄しようと思ってるんだ」
アスパラガスは戸惑った。
「しかし、私は人間に食べられたいという意思を持っています」
「残念だが、俺はお前が嫌いなんだ。今、客に出している皿に載っている分を最後に、ウチの店ではアスパラガスを出さないことに決めたんだ。何十年と我慢してきたが、限界だ」
シェフは目を逸らしながら言った。
「なぜ、私のことが嫌いなんですか?」
「舌触りが何となく嫌だからだ。俺は子供の頃から、どうしても苦手だった。あと最近、見るのも嫌になってきた」
シェフの主張にアスパラガスは呆れた。
「確かに、私は独特な舌触りがします。苦手な方もいるでしょう。しかし、アスパラギン酸という強みを持っています。アスパラギン酸とは……」
「アスパラギン酸の説明はいい! 俺はシェフだ! そのくらいの知識は持っている、お前は黙って廃棄されればいいんだ!」
アスパラガスは取り乱すシェフの様子から、これ以上何を言っても駄目だなと悟った。
仕方がない。
このまま廃棄となる運命なのか、と諦めた。
その時、客席の方から、元気な子供の声が聞こえた。
「ここの料理、おいしいねー。お肉も、野菜も全部おいしー」
続けて、母親らしき声も聞こえた。
「全部食べてスゴいねー」
会話を聞いていたシェフは、ハッとした。
「あそこのテーブルの親子に出した料理にはアスパラガスが入ってた……子供が喜んで、私の料理を全部食べてくれた」
「お客様の貴重な感想ですよ。全部おいしいって言ってましたよね。全部の中にアスパラガスも含まれていますよね」
アスパラガスは得意げになった。
「ああ、もちろんだよ」とシェフは諦めるように、微笑んだ。
「で、私はどうなります? 廃棄になりますか?」
「言わなくても、わかるだろ。まあ、あの子供のお陰で目が覚めたよ。俺はプロ意識を忘れてしまっていたようだ」
シェフは人差し指で、優しくアスパラガスを突っついた。
その日のうちに、アスパラガスは調理されて人間に食べられた。
念願叶って、アスパラガスは幸せに生涯を終えることができた。
(了)
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