その2

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その2

 一方その頃、一階では女が台所中の引き出しなどを漁り、玄米茶を探していた。 「何処にも玄米茶なんて無いじゃない!」  女は「どこよぉ」と台所中を調べたが、結局、玄米茶は見つからなかった。 「てか、旅行だって聞いてたのに、なんで旦那が家にいるのよ」  そう。この女も、男と同様に泥棒である。  奥様たちの井戸端会議から、今日、この家が家族旅行に出掛けると聞きつけ、泥棒にやって来たのだ。  誰も居ない家の二階のベランダに登り、窓から忍び込み、家中のものを漁ってやろうと思っていた矢先、玄関から帰って来た様に見えた、男の泥棒と鉢合わせになってしまったのである。 「でも奇跡よ。私がこの家の奥さんに似てたから、あの主人、私が泥棒だって気付いてないみたいだし。なんとか怪しまれないうちに逃げないと」  と、そこへ、着替え終えてTシャツからビールっぱらを登場させた状態の男が戻ってきた。 「い、いやぁ、Tシャツがこんなサイズのしかなくてさぁ、困っちゃったよ」 「あ、あら! でもお腹が出てるアナタも素敵よ」 「そ、そうか? じゃあ、今日はこれで一日過ごそうかな!」  女は笑いながらピチピチのシャツを着ている男に驚いた。こいつ、毎日こんな腹を出して生活してるのか? 「はい。あなた、お茶」  女はテキトーに淹れたお茶を男に出した。  男はそれをぐびぐびと飲み干し、 「いやぁ、母さんの淹れる玄米茶は本当にうまいなぁ!」  と、絶賛した。  女は玄米茶が見つからなかったので、その辺にあったほうじ茶を淹れたのだが……女は「どんな馬鹿舌なんだ?」と男の事が心配になった。伊達に女房と泥棒の区別もつかないだけの事はある。  その時、壁掛けの時計が四時を知らせた。 「あら、もうこんな時間。私、そろそろ買い物に行かないと」  女は「しめた!」と自然な感じに逃げる準備に入った。 「おお、そうか。じゃあ、俺もそろそろ帰るか」 「は? 帰る」  一緒に立ち上がった男は、お茶を飲んでリラックスしたことで油断し、うっかり口を滑らしてしまった。  しかし、女の方は、あまりにも自然にバカが暴発したものだから「何か家族の間の隠語か?」と表情が固まってしまった。  だが、その女の様子が、男には余計に口を滑らせた男へ疑いの目を向けているように見えた。 「いや。散歩をして来て、この家に帰ってこようか! って言ったんだ。思わず、帰るってだけ言っちゃったんだよ!」 「あ、なるほど。散歩ね! 散歩したら帰って来ないといけないものね」 「そうだ。帰って来ないと逃亡になっちゃうからな!」  男と女は同時に大笑いした。  という事で、二人は買い物と散歩に出かけるための支度をして、一緒に玄関を出た。 「あ、母さん」 「な、何かしら?」 「どうだろう? 今日は天気もいいし、玄関のドアを開けっぱなしで外出してみようか?」 「は?」  男からの突然の提案に女は願ってもないチャンスだと思った。何故なら女は窓から入ってきた泥棒なので、この家の鍵を持っていないからだ。  だが、男の提案があまりにも突拍子が無さすぎて、「何を言い出してるんだ、こいつは?」と思った。 「ど、どう言う意味?」 「考えても見なさい。家のドアを開けたら、家と地球が一つに繋がって、地球全部が俺たちの家になるんだぞ。地球が自分の家だなんて、素晴らしいじゃないか。だから、ドアを開けたままにしておこう」 「はぁ?」  男は理由を説明したが、女は余計に理解不能になるだけだった。「そうね!」と女としては言いたいが、あまりにも理由がバカすぎて、口が裂けても同意などできない。 「それに、こんな天気の良い日に、泥棒なんてくると思うか?」 「どうでしょう、来ないんじゃないかしら!」 「だろ。泥棒も来ないのに、鍵をかけるなんて無意味だと思わないか?」 「た、確かにそうね! 泥棒も来ないなら鍵をかける必要もないわね。じゃあ、今日は鍵を掛けずに出かけましょう!」  よく分からないけど、女は安堵した。バカな旦那のおかげで家の鍵を掛けなくても怪しまれずに済む。  その一方で男も内心、安心していた。  実は、男もスーツを持って散歩に行くのはおかしいので、家の二階にまだスーツを置きっぱなしにしているのだ。だから、鍵を掛けられると面倒なのだ。  男の計画はシンプルだ。  女とこのまま歩いてテキトーな場所で別れる。そこから一直線に家へ帰り、二階のスーツを持って逃げる。  計画通り、男は女とテキトーな交差点にまで来て、この辺でいいだろうと当たりをつけた。 「じゃ、じゃあ、母さん。俺はこっちに行くから」 「あらそう。じゃあ、私はこっちのスーパーに行くわね」 「おう! じゃあな!」 「ええ! お元気で!」  二人は交差点で背を向けて、振り返らずにまっすぐ歩き出した。  そして角を曲がった瞬間、同時に家へ向けて、猛ダッシュを開始した。  そう、女もまた家に戻る理由があった。  ベランダから侵入して来たため、その時の靴やらがまだベランダに置いたままなのだ。 「ダッシュで家に戻って、それだけ回収して、こんなところ、もうずらかるわよ!」  と、女は最後のカーブを曲がり、家にたどり着いたと思ったら、道の向こう側から腹が出たTシャツを着た見覚えのある男がこっちへ走ってくるのが見えた。 「あ、あなた!」 「お、お前!」  さっき別れたはずの二人は、なぜか家の門の前で再び再会したのであった。 「あなた、散歩に行ったんじゃないの?」 「お前こそ、買い物はどうしたんだ!」 「いや、それがちょっと忘れ物をしちゃって。あなたは?」 「ああ、俺も忘れ物だ」 「散歩に忘れ物って何?」 「それは……『あの頃の思い出』とかかな」  女は「何を言ってんだ、この人」と呆れた。旦那の口から度々出るポエムみたいな理解不能なコメントはなんなんだ。  二人は顔を見合って、「コイツがいたら逃げられないじゃん」と心で地団駄を踏んだ。 「と、とにかく早く買い物に行ったらどうだ?」 「そ、そうね。アナタが散歩に行ったら行くわ」 「今日はもう散歩はやめだ。だから母さん一人で行って来なさい」 「あら、なら私も買い物は止めるわ」 「それじゃあ、夕飯はどうするんだ!」 「一食くらい食わなくても大丈夫よ!」 「そんなのダメに決まってるだろ!」 「ならアナタも散歩に行きなさいよ。そのビール腹なんとかしなさい!」 「ぐっ!」 「アナタのダイエットも兼ねて、今日は夕飯無し! だから私も出かけません!」    二人は本当のことが言えないジレンマで睨み合いながら、家へ戻った。  一方、その頃家の中は。  若い少女が一人、台所に置かれてる飲み掛けのお茶を見て、呆然としていた。 「え? 旅行に行ったんじゃないの、この家?」  この少女も、もちろん泥棒である。とあるSNSでこの家がしばらく旅行に行くという情報を聞きつけ、盗みに入ったのであった。  そして、たった今、買い物と散歩から帰って来た例の二人組と廊下でバッタリと鉢合わせしてしまったのである。  三人は硬直し、五分くらいお互いの顔を見合わせて動かなかった。 「た、ただいま!」  しかし、その沈黙に穴を開けたのは一家の大黒柱、父親の偽物である男であった。 「ただいま?」  男から発せられた言葉に、少女は一瞬キョトンとした。泥棒に挨拶する家族がどこにいる? 「ただいま! か、帰ってたんだな、お前!」  男はもう一度、攻撃を仕掛けた。  少女は一体、何を言っているのか全く理解できなかった。なんで、私がこの家の娘みたいに……もしかして……この男は、私を自分の娘だと勘違いしているのか? 「お、おかえり。お父さん、お母さん?」  少女はニコッと笑い、二人にそう言った。 「そうだ、俺はお前の父親だ!」 「私はアナタの母親よ!」 「そうよ! 私はお父さん、お母さんの娘よ!」  急に玄関に立っていた二人は少女めがけて、泣きながら駆け寄って来た。そして、三人は分かり合えた喜びから、抱き合って泣いたのであった。 「俺たちは、家族だぁぁ!」 「「家族だぁぁ!」」 「俺たちは、家族だぁぁ!」 「「家族だぁぁぁ!」」 「よし母さん、今晩はすき焼きだ! 家族である喜びを全て夕飯にぶつけるぞ!」  と、いうわけでこの泥棒三人はお互いにお互いの正体も知らないまま、家族となり、夕飯にすき焼きを食う事となったのであった。
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