その3

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その3

 そんなこんなで、お互いが偽物だと気付いていない、このおめでたい偽家族は冒頭のような幸せな姿で夕飯のすき焼きをつつき合っているのである。  しかし、笑顔の絶えないこの状況でも、水面下で心理戦は繰り広げられていた。 「不味い。そろそろ逃げないと本物に父親が帰ってくる。でも、酒が美味くて逃げられん!」と父は思った。 「不味いわ。そろそろ逃げないと本物の母親が帰ってくるわ。でも、なんかコイツら私の作ったすき焼きを無性に褒めてくれて気分が良いんだけど」と母は思った。 「まず。流石にそろそろ娘帰ってくるでしょ? でも、久々の肉だし、すき焼き美味しいし」と少女は思った。  三人共が冬の布団からなかなか出られないように、久しぶりの家族の団らんに居心地の良さを感じていた。  笑いの絶えない夕飯。  こんな時間が永遠に続いてほしいと思った。  三人は心の中で同時に思った。 「「「ああ、家族って本当にすばら……」」」  ピンポーン。 「すいません。警察です! 誰かいらっしゃいますか!」  と、幸せな空気を一瞬でぶち壊す声が玄関から飛んできて、笑い合っていた声は一瞬で消え、三人は持っていた茶碗を同時に床に落とし、茶碗は粉々に割れた。 「か、母さん、誰か来たみたいだぞ?」 「だ、誰かしらね、こんな夜遅くに」  ピンポーン。すいませーん、警察です。  再度声がしても、三人は誰一人として椅子から立とうとしない。  ピンポーン。 「母さん!」 「五月蝿いわね。自分が一番最初に気付いたんだから、あんたが出なさいよ!」 「そうよ、お父さん出てよ!」 「なにぃ! 父親に向かって何だその態度は! 誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ!」 「お母さんが作ったからよ!」 「そうよ!」 「なんだとぉぉぉ。ああ、出るよ、出てやるさ!」  男はテーブルを叩いて重い腰を上げた。 「いいか、俺が出るからな! どうなっても知らないからな!」 「早く行きなさいよ、バカ亭主!」 「そうよ! Tシャツからお腹出して、バカじゃないの!」 「なんだと! いいか、戻ったら覚悟しとけよ、バカ家族二人が!」  男はプンスカ怒りながら、玄関へ歩いて行った。  父親が玄関のドアを開けると、警官が敬礼して、挨拶した。 「あ、夜分に失礼します。この家のお父様でしょうか?」 「え、ええ。ち、父親、やらしてもうてます」 「実は、この家に泥棒が入ったんじゃないかって通報が入ったんですか?」  警察は奥のリビングで喧嘩している母と娘の声を見て苦笑いを浮かべた。 「ご家族皆さんいるようですね」 「ええ! かけがいのない家族です!」 「そうですか。では何かの間違いみたいですので、これで失礼します」  警察は敬礼をして帰って行った。  そして三人の笑いの絶えない家族水入らずの夕飯は再開された。  三人は警察のアンポンタンぶりに大笑いした。 「お父さん、笑っちゃったよ。泥棒がいるんじゃないかって言うから!」 「もう、バカな警察さんね。こんな平和な家に泥棒なんているはずないのに」 「そうよ。泥棒なんているはずが無いわ!」  三人は声を揃えて大笑いし、結局その日、三人はそのまま家に泊まって行った。そんなこんなで帰るタイミングを逸し、結局、三人はこの家で三日間も一緒に過ごしてしまった。  三日も家族水入らずで過ごした事で、「家族ってこんなにも良いものなんだ」と三人ともが思い、もうこの家に住んでしまおうと皆が考えていた。 「母さん、どうだ? 今日のお昼は家族三人で外食でもするか!」 「あら、良いわね」 「私、焼肉食べたーい!」 「よし、じゃあ焼肉に行くぞ!」  そう言って三人で幸せに焼肉を食べた、帰り道。  三人の笑いの絶えない家族が我が家を目指して帰ってくる。 父親は思った。 「今まで、泥棒として孤独な人生を歩んできた。てか、なんで父親が家に帰って来ないかは知らないが……」 母親は思った。 「正直、こんなにも笑って過ごせたのはいつ以来だろう? 両方の名前も年齢も何にも知らないけど……」 娘はおもった。 「正直、この両親から、未だに名前を呼んでもらえないから、自分の名前すら知らないけど……」  そして三人は同時に思った。 「「「やっぱり、家族っていいな」」」  その時、家の前に警察のパトカーが停まっているのが見え、三人の足が同時に止まった。  その時、家の玄関が開いて旅行から帰ってきたと思われる、その家の本物のご主人が顔を出したのを父親は見た。  その父親の後ろから、泣いている本物の奥さんと思われる上品な女性を母親は見た。  そして娘とは似ても似つかないお嬢様みたいな本物の娘がその本物の奥さんを介抱していた。 「あ、父さん、ちょっと寄るところがあるから、先に帰っててくれ」  そう言って、父親は来た道を戻り出した。 「あ、私もお醤油、買い忘れちゃったわぁ。じゃあね」  母も父に続き、父とは違う方向へと歩き出す。 「あ、そうだ! 私も友達と遊ぶ約束してたんだったぁ。じゃあ!」  娘も、二人と別れ、三人はそれぞれ別々の方向へと歩き出した。  そして三人は二度とその家には戻らなかった。  それから数年経った今でも、三人はふとその時の事を思い出す。そして、三人ともが同じ事を疑問に思った。 「「「結局、あの二人は誰だったんだろう?」」」
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