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成人の儀
成人の儀当日、晴れるという天気予報がハズレ外はバケツをひっくり返したような酷い雨だった。玄関の軒先には誰かが作ったてるてる坊主が申し訳なさそうに項垂れ吊るされている。
俺は、玄関近くの部屋から激しく降る雨を見ていた。
最初に与えられた部屋は一番奥の窓のない部屋なのだが、昨日の宴の後部屋に戻ろうとした俺達に対し優菜が
「あんな所で寝るのなら今から帰る!」
と騒ぎ出し大変だったのだ。
何とかなだめすかし説得を試みたのだが一向に折れる気配がない。俺と叶人が途方に暮れている所にお手伝いのカネさんが通りかかったので、失礼かとは思ったが正直に事情を話すと
「じゃあ別の部屋にしますけ?そこは玄関近くなのでちょっと五月蠅いかも知れませんけど」
と、苦笑しながらこの部屋に案内してくれたのだ。
前の部屋より少し狭い部屋になったが、窓があるので明るさはありそうだ。ただカネさんの「五月蠅いかも知れない」という言葉がちょっと引っかかっていたが、優菜が素直に部屋に入ったのでひとまず安心した。
深夜遅くに部屋を移動した為、とっくに村人達は帰り家人は休んでいる。田舎の夜は都会のように車の音や人の話し声、サイレンなどの騒音は全くなくさわさわという葉が風に揺れる音が微かに聞こえるだけだ。騒いでいた優菜もようやく満足したのかぐっすりと眠っている。これほど静かな部屋なのに一体どこが五月蠅いのだろうかと不思議に思った俺も、叶人と優菜の静かな寝息を聞いている内に深い眠り入っていった。
しかし、その答えが早朝に分かる事となる。
ガラガラと玄関を開ける音やしゃっしゃと箒で履く音、パタパタとせわしなく廊下を行きかう人達の足音。どこかでカランカランと固いものを落とした音。様々な音が、眠っていた俺の耳に飛び込んできた。何事かと飛び起きた俺は襖を開け外の様子を伺う。
すると頭に三角巾、スウェットの上下に白い割烹着を着けたカネさんが「おはようございます」とにこやかに挨拶してきた。
もう六十はとうに過ぎていると思うが、歳をあまり感じさせない。動いているのがいいのだろうか。
「あ、おはようございます」
「ごめんなさいね。どうしても朝の用意は早くしなきゃいけないけ」
申し訳なさそうに謝るが、謝りながらも体は次の行動へと移ろうとしているのが分かる。
「いえ・・大丈夫です。こちらこそ昨日は我儘を言ってすみませんでした」
カネさんはニコリと笑うとせかせかと急ぎ足で行ってしまった。
成る程、五月蠅いとはこう言う事なのかと納得した俺はまた布団に潜り込んだ。時計を見ると四時半。田舎の朝は本当に早い。もう一度眠れるだろうかと思っていた矢先、バラバラと雨の音がし出したのだ。こうなるともう眠る事等出来ない。
布団から起き出し障子を開け外を見る。どんよりとした灰色の雲から大粒の雨が落ち地面を瞬く間に濡らしていく。
「雨かぁ~」
振り向くと叶人が布団の上で体を起こしこちらを見ている。俺と同じで五月蠅くて起きてしまったらしい。チラリと優菜を見る。布団を頭まですっぽりとかぶった優菜も恐らく起きているのだと思う。
「今日は成人の儀なのにな。雨じゃ大変じゃないか?着物とか着るんだろ?」
俺は恨めしそうに雨を見ながら誰にともなく話した。
「な」
叶人から短い返事が返って来る。
暫くの間、俺と叶人はザァ~ザァ~と豪快な音をたてて降る雨を見ていた。
「~いかね?」
「は?」
叶人が何か言ったようだが、雨の音が凄くて聞き取れなかった。
「だから、忍ちゃんの成人の儀を見に行かないかって言ったの」
「え?いや、それは無理だろ。山内が言ってたじゃん。成人の儀の日、当事者だけでやるし誰にも見られてはいけない決まりがあるって」
「だから!」
と叶人は声をあげると四つん這いで俺に近づき、囁くように言った。
「だから見に行くんじゃん。どうして見られてはいけないのか。それは俺達が考えるような成人式じゃないって事だ。じゃあそれはどんなものなのか・・気になるだろ?」
「気になる!」
優菜が会話に入って来た。やはり起きていたようだ。
「だろ?じゃあ決まりだな」
そう言うと叶人はせかせかと身支度を整えだした。
「いや、ヤバいと思うぞ。俺達が考えるような成人式ではないからこそ決まりは守らなくちゃいけないんじゃないか?村の儀式はそういう決まり事に関しては破ると大変な事になりかねないし、俺達に責任を負わされる場合もある」
「だから、見つからないようにするんだよ。お前も見たいだろ?忍ちゃんの晴れ着姿」
叶人はニヤニヤとした顔をこちらに向け言った。
「う・・・」
もしかしてコイツ・・俺が山内の事好きなのを知ってるのか?優菜も知っているかのような事を言ってきた。ひた隠しに隠してきたつもりだったが・・そんなに俺って分かりやすいのか?少々気恥ずかしかったが、晴れ着姿の山内をぼんやりと想像する。ん~・・確かに見たい。確かに見たいが、やはり決まりは守るべきなんじゃないだろうか。恐らく昔から行われてきた伝統ともいえるべきもの。ソレを興味本位で余所者の人間が決まりを破ってしまっていいのだろうか。いや、いい訳がない。
「あのさ~色々考えちゃってるようだけど。もし見た事がバレたとしても、初めてだったから分からなかったで済むわよ。いい訳なんていくらでもあるわ」
いつの間にか着替えを終えた優菜が、呆れたように俺を見て言った。
「・・・・分かったよ」
山内に迷惑をかけるような事はしたくないという思いとは裏腹に、結局俺は好奇心の方を選んだのだった。
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