成人の儀

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優菜の話によると、山内は、昨日宴をやった床の間のある部屋で着替え準備を整えるという。ここに来る途中で聞いたらしいが、中々に抜け目のない奴である。 三人で話し合った結果、床の間のある部屋の入口が見える場所で隠れて待つ事にした。どんな色の晴れ着で、どんな髪型をしどんな化粧をほどこすのか。丁度いい隠れ場所を見つけた俺達はそれぞれが想像を膨らませじっと山内が出てくるのを待った。 今朝よりも激しさを増した雨が乱れ太鼓のように屋根に打ちつける。 じっと息を殺し山内が出てくるのをひたすら待つ。廊下の冷たさが靴下を伝いしんしんと足の裏から伝わって来る。それでも俺達は誰一人文句も言わずに待ち続けた。 叶人は誰にも見られてはいけないという奇妙な縛りがある儀式に興味があり、優菜は、山内が自分より綺麗になるのかという所に興味があるのだろう。 俺も叶人と同じく、この成人の儀というものが一体どんな意味を持つものなのかという所に興味はある。最後の成人の儀に対し何故村人達はあそこまで不安な表情を見せたのか、正太郎はなぜ終わらせなくちゃいけないと言ったのか・・・分からない事ばかりだ。見てはいけないと言うものを目にすることで、その謎が少しでも分かればと思うのと裏腹に、綺麗に着飾った山内を見たいという思いもある。 廊下の冷たさが足から体へと移り手の指先までもが冷たくなってきた時、スッと襖が開けられた。 俺達は小さく息を呑み、襖を凝視する。 先に出て来たのは、昨日の祝いの席で父親と一緒に部屋に入ってきた老婆だった。 昨日と同じ薄汚れた着物を着て、手には持ち手の付いた提灯を握っている。提灯の明りに照らされた皺くちゃの顔は昔話に出て来る山姥そのものだ。 (やはりあのお婆さんは山内のお祖母ちゃんなのかな・・そうだとしたら、孫の晴れ舞台の日にあんな恰好するか?あれ・・そう言えば、前に亡くなったって言ってなかったか?じゃああの人は・・) 不思議な思いでその老婆を見ていると、暫くして真っ白な布きれの様なものが見え始めた。白い晴れ着なのだろうか・・いや違う。ゆっくりと部屋から出て来たのは、純白のウエディングドレスに身を包んだ山内だった。 (え・・・?) 等間隔に開けられた明り取りのお陰で普段明るい廊下が今日は雨の為薄暗く寒々としている。その薄暗い中で純白のドレスを身に纏った山内は、自らが光を発しているかのようにキラキラと輝いているように見える。ロングベールを頭に付け顔には薄化粧をほどこしている事で、山内が山内でないような感覚・・綺麗な事に変わりないのだが、なぜか俺は切なく悲しい気持ちになった。 それとは裏腹に早くなる鼓動。普段より数倍も美しくなった山内に身体が反応しているのだ。 部屋から出た山内は、俺達に気づく事なく老婆の先導の元ゆっくりと歩いて行ってしまった。 誰もいなくなった廊下は元の薄暗く寒々とした廊下に戻る。しかし俺達はいつまでもその場所から目が離せずずっと見ていた。 「何だよあれ。ここじゃ成人式にを着るのか?」 叶人が興奮したように口を開いた。 「私に聞いても分からないわよ」 優菜も混乱しているようだ。 ウエディングドレスを着た山内を見送った後俺達は部屋に戻り話していた。 「ウエディングドレスって普通結婚式とかに着るだろ?成人式に着る意味・・・って言うかさ、そもそも成人式に着る晴れ着の意味って分かるか?」 さっきから叶人は質問しかしてこない。 「ちょっと待って」 俺は携帯で晴れ着の意味を調べてみた。 「ん~特にこれといった意味はなさそうだぞ。晴れ着は、晴れの舞台に着る正装って言うしウエディングドレスは花嫁衣裳の総称だって書いてある」 「成る程ね、じゃあ忍ちゃんは嫁に行ったのか」 「はぁ?何でそうなるんだよ」 俺は呆れた。 「だって今日は成人の儀だ。忍ちゃんの二十歳の晴れの舞台。そんな日にウエディングドレスを着ているという事は嫁に行くって事だろ」 「お前・・・考えが短絡的過ぎるだろ。そもそもこの成人の儀というものもおかしくないか?ウエディングドレスを着ているという事も変だし、晴れの舞台の主役が誰にも見られてはいけない何てことあるか?それに・・・」 「それに?」 叶人と優菜は俺の顔を見る。 「忘れたのか?ここに来る前に山内が言ってた事。近所のお姉さんが成人の儀をやった後、様子が変だったって」 「ああ言ってたな。なんか・・別人のようになってた・・だっけ?」 「そう。もしかしたら、この朝比奈村で行われる成人の儀は成人式であって成人式ではないような気がする」 「そうね。ただの二十歳の祝いって言う事ではなさそう。だってアレ・・・見たでしょ?」 優菜は顔をクシャりと嫌そうにゆがめながら祠がある方角を指さして言った。 「ああ。あの祠の中にあった頭が二つのお地蔵さんだろ?あれは確かに気味が悪いよな。どう見たって守り神には見えなかった」 叶人も思い出したのか顔を曇らせる。 「しかも、あの床の間にそのお地蔵様の絵が描かれた掛け軸が掛けてあった・・・」 「ああ!あった!あった!」 「きっと、あの頭が二つあるお地蔵様がこの村の成人の儀の元になっているような気がするんだ」 「あれが?どう言う事?」 「それは分からない。でも確実に何か関係していると思う」 俺がそう言うと、二人は「う~ん」と唸り考え込んだ。 「そうだ!」 暫くして優菜が何かを思い出したようで大きな声をあげた。 「確か、裏口から出て祠にお参りするんだって忍が言ってたわ」     「おいおいそう言う事は早く言えよな!」 叶人はそう言うと立ち上がると 「行くぞ!」 と俺達に号令をかける。 俺も優菜も即座に立ち上がり部屋を飛び出した。この時、自分達がいる部屋が玄関に近い事に感謝した。奥の部屋から玄関までに行く間に家人に見つかると厄介な事になるが、近ければ誰にも見られることなく家を出られる。それでも慎重に動き隅に置いてある傘を失敬すると玄関を出た。
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