笑い

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笑い

念のため俺達は竹林とは反対の方向東側の方から家を回り込むように行く事にした。誰かに見られでもしたら厄介だと考えたからだ。 長い板塀沿いにゆっくり歩く。三人が急いで走っている所を村人達が見て変に勘ぐられでもしたら面倒だ。 急ぐ気持ちが先に立つばかりで思うように進めない事が何とも歯がゆい。激しい雨が傘に容赦なく打ちつけ、あっという間に足元がびしょびしょになる。 どのぐらい先に行ってしまっただろうか。ウエディングドレスを着ているので動きづらいはず。それにこの大雨だ。かなり苦戦している事は想像出来る。 漠然とした不安を抱えた俺は、すぐにでもこんな不可思議な儀式をしている山内を止めたいと思っていた。しかしそれとは逆に、村で代々行われてきた行事を余所者の俺達が何の考えもなしに止める事なんて出来ないのではないか、という考えもある。だとしたら側で見守り何かあったら飛び出して山内を助けたい。 (何から?・・・何から助けるというんだ?) 分からない。分からないが、どうしても引っかかる。あの山内の言葉。 ~見た目はお姉さんなんだけど中身が違うって言うか~ 普通ではそんなこと考えられない。恐らく前日の儀式の疲れが出たか、成人した事で本人の意識が少々変わったというような事だと思う。しかし、子供というのは敏感に色々な事を感じ取る。いや、純粋な子供だからこそ分かるものがあるのではないか。 「くそっ」 自問自答してもハッキリとした答えが出ない事にイライラした俺は、小さく吐き出し走り出し歩くのに集中する。ようやく板塀の角にたどり着き曲がる。 「もう走ろうぜ」 歩くことにしびれを切らした叶人はそう言うと走り出した。いつもなら「跳ねが上がるから絶対嫌!」等と文句を言う優菜でさえも素直に走り出したので俺達と同じ気持ちだったらしい。傘をさしながら走るので思うようには進まないが、今までよりは早く進める。 ようやく長い板塀が終わり、俺達は肩で息をしながらそっと角から家の裏を伺った。 「あ、あれじゃないか?」 遠くの方に純白の色と、その上をユラユラと動く赤い丸いものが見える。 「傘?赤い傘さしてるのよ」 「ああ!あれ傘か・・まだ祠の方には行ってなかったみたいだな。叶人、行くんだろ?」 「勿論!」 叶人は大きく頷いた。 「あのウエディングドレスが何処のブランドのか気になるからね。別に忍が心配って訳じゃないの。あくまでもウエディングドレスが気になるってだけ」 優奈は、聞いてもいない事をペラペラと話した。 優菜らしいと思った俺は苦笑しながら頷いた。 家の裏手に民家はない。よって誰にも見られる心配のなくなった俺達は走った。 今はまだ十時半。どんよりとした雨雲が朝比奈村全体を包む。その雨雲から降る大粒の雨は白い霧のようなものをたたせ視界をより悪くしていた。 そんな時、目印の赤い傘がフッと消えた。 「消えた!」 「急げ!!」 叶人の言葉が合図となった俺達はより一層スピードを上げ走った。 戻らずの竹の近くに行っても、赤い傘が見当たらない。荒くなった呼吸を整えながら俺達は目を凝らし竹林の中を探す。 「あっ!あっち!」 優菜が指さす方向を見ると、竹林の隙間からチラチラと真っ白の純白のドレスを着た山内が赤い傘を差しゆっくりと歩いているのが見える。その光景は何とも異様な光景だった。まっすぐ前を向きぬかるんだ地面にドレスの裾がついてしまうのも構わずゆっくりと老婆について行く山内。その山内を誘導するかのように提灯をユラユラと揺らしながら歩く老婆。 (狐の嫁入り・・・いや違う・・・生贄) 俺の頭の中にはめでたい成人の儀ではなく、恐ろしい生贄の儀式が浮かんだ。 「アイツ何処から入ったんだ?」                                      叶人が不思議そうにあたりを見回し言った。 確かに山内と老婆はこの辺りで竹林に入ったはず。なのに、俺達の前には密集した竹林が立ちふさがり、どこにも入る隙間がなかった。 叶人は右往左往しながら入れる場所を探すがやはりない。 そうこうしている間にも山内は俺達から遠ざかっていく。焦った俺は 「あの祠へ行くんだろ?昨日入った場所から行こう!」 急がば回れである。 「そうだな」 竹林の壁と言ってもいい場所からどうやって山内たちは入ったのかという疑問はあったが、ここでまごまごしている暇はない。俺達は老婆と山内に見つからないよう細心の注意を払いながら走る。この時ほどこの大雨に感謝した事はない。じゃりじゃりという自分達の足音を誤魔化してくれるからだ。 それ程寒くない気候にもかかわらず、雨に濡れたせいか体が冷えてきた。指先は氷のように冷たく靴の中は水で溢れている。 (山内は大丈夫なのか?もしかして薬なんか飲まされて無意識の状態で歩いてるんじゃ・・・) そんな事あるはずないと思いつつも、目の当たりにしているシチュエーションに完全にのまれていた俺は焦りと不安で押しつぶされそうになる。 薄暗い竹林の中で揺れる提灯の灯りが突然動きを止めた。 (バレたか!) 灯りを頼りに走っていた俺達は走るのをやめ身を低くして様子を伺う。もう祠への入口は目と鼻の先だ。 「あの辺りに祠がある。何かやってるんじゃないか?」 俺の側に来た叶人が囁くように言った。ザァ~ザァ~と叩きつけるように降る雨は、林と竹林の葉にあたり雨足を若干弱めてくれている。そのお陰で叶人の囁きは俺と優菜にも聞き取ることが出来た。 「ああ。ここからはゆっくり近づいて行こう」 俺達は提灯の灯りから目を離す事なく忍び足で近づいて行った。 密集した竹林が途切れ祠がある場所へ行ける入り口に着いた。アーチ状に開いた暗闇の中に右に左にゆらりゆらりと動く提灯の灯り。 「なんか・・・火の玉みたい」 優菜がかすれた声で言う。優菜も俺と同じで、この異様な光景にのまれているのかもしれない。 「もうこの奥には入れないぞ。祠の所で何をしてるのかは知らないけど、ソレが終わったら出て来るだろ?見つからない場所で見張ってた方がいいかもな」 意外にも三人の中で冷静な判断をしたのは叶人だ。 「そ、そうだな」 俺達は、祠の入口が見える向かいの林の中に身をひそめる。 ユラユラと揺れる提灯の灯り。暗闇のせいで山内の姿はハッキリとは確認できないが、提灯の灯りに照らされた純白のドレスがチラチラと垣間見える。俺は僅かに確認できるドレスの色をジッと凝視する。 キシキシと風で揺れる竹の音やぼたぼたと自分達の回りに落ちる雨粒の音がやけに大きく聞こえる。その内、緊張と冷えた体のせいで頭がボウっとして来た。 暫くの間ジッと息をひそめていたがいつまでたっても戻ってこない。一体何をしているというのだ。 俺が痺れを切らし口を開こうとした時だ。 「あはははははははは!」 辺り一帯に響き渡る女の笑い声。 俺達三人はびくんと体が跳ね上がり顔を見合わせた。 「な、な、何?今の」 「分からない」 「忍ちゃん?」 「まさか。あんな風に笑わないわよ。あの女の人じゃない?」 「女の人?一緒にいた人か?」 「若い女の声っぽかったぞ」 「優菜・・・じゃないよな?」 「私な訳ないでしょ!」 突然の出来事に俺達は混乱し動揺した。 「待て!動いたぞ」 そう言った叶人は傘をたたみ頭を低くした。 見ると、小さかった提灯の灯りが次第に大きくなっていく。こちらに来ているようだ。俺と優菜も慌てて傘をたたみ身を低くした。 カシュ・・カシュ・・・カシュ・・ 濡れた落ち葉を踏みしめる音が近づいてくる。 暗闇から提灯を手にした山内が出てきた。 (あれ?お婆さんは?) 俺が疑問に思った瞬間、竹林を出て砂利の道に出た山内はピタリと立ち止まると、突然空を見上げ降りしきる雨を顔面に受けながら 「あははははははは!」 と笑ったのだ。 ソレは先程聞いた笑い声と同じだった。あの声は山内だったのか・・・ 間近で聞いたその笑い声は、楽しくて笑っているような笑い方ではなかった。人を馬鹿にしているかのような下品な高笑い・・聞いていると嫌悪感を感じてくる笑いなのだ。 呆気に取られている俺達の前を、山内は笑いながら歩き出し行ってしまった。 (山内・・・あんな山内を見たのは初めてだ・・一体中で何があったんだ?) 提灯の明かりが消え薄暗さが戻る。俺は山内が出てきた祠の方に視線を移した。何もかも吸い込んでしまいそうなその暗闇は、禍々しさがより一層濃くなったような気がした。
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