16人が本棚に入れています
本棚に追加
双子の村
隣りの片庫裡村に行き、持ち前の人懐っこさを武器に村人達に話を聞いて回った。全体的な印象から言って、朝比奈村の人達よりも社交的な感じを受けたという。
片庫裡村の人達から聞く話は三つ。
その一つ、朝比奈村の人達について
村の若者たちは特に嫌な印象は持ってはいないようだが、年配の人の場合は少々毛色が違う。ハッキリとは言わないが余り関わりになりたくないという印象だ。
そして二つ目、成人の儀について
驚いた事に、片庫裡村にも成人の儀はあるという。朝比奈村と違うのは、叶人達が知っているような成人式と同じようなやり方だという事。村を出た人達が戻り村で成人式を執り行う。ここでは公民館に集まり村長の話を聞き旧友達を懐かしみ村の人達が総出で作る郷土料理を皆で食べ祝うという。勿論着るものは男性はスーツや袴。女性は振袖だ。誰にも見られてはいけないという事もなく華やかな振袖を見せつけるべく村を歩く者もいるという。
朝比奈村の成人の儀について聞くと皆口をそろえてこう言ったという。
「あそこは特別だから」
一体何が特別なのか。肝心の部分は頑として口を開かない。
そして三つ目、キヨ婆の事だ。
村の人達にキヨ婆という名前を言っても、殆どの人が「そんな人は知らない」と答えた。
困り果てた叶人は村をぐるりと歩き回った。歩きながら片庫裡村の様子を観察していた叶人は不思議な気持ちになる。
(何だ?何かこう・・違和感・・いや・・既視感?何で既視感を感じてるんだ俺は?)
暫くして、村の外れに隠れるようにしてある朽ち果てた小屋を見つける。片庫裡村も朝比奈村と同じように農業を営んでいる。農具の類が入っているのだろうと思った叶人は、その小屋を確認することなく素通りしようとした時、小屋の方から
おちご
という声を聞いた。
「え?」
叶人は立ち止まり小屋の方を見るが誰もいない。
しかし、小屋の方から声が聞こえたのは間違いない。叶人は人の気配を探りながらゆっくりと小屋に近づいて行く。よく見るとその小屋は右にかしいでしまっていて今にも崩れ落ちそうだ。
小屋の前に立ち「すみませ~ん」と声を掛けるが返事はない。
ならばと、素早く辺りを見回し誰もいないのを確認した叶人は引き戸に手をかけた。
バタン
引き戸はそのまま家の中の方へと倒れてしまった。
「おいおい。引き戸ってそう開くんだっけ?」
予想外の開きに苦笑しながらも、砂埃が舞う小屋の中に入り携帯のライトをつけ小屋の中を見て回る。
小さな土間には、資料館などに置かれているような竈がありその周りには鍋やお椀などが散乱している。大小様々な石が置かれており何かを彫っていたのかのみや金槌らしき物も散乱している。視線を移すと、四畳半位の畳敷きの部屋が広がりその畳も見る影もなく腐り所々抜け落ちていた。
「誰か住んでたんだ。でもこの広さじゃ独身用だな」
足元に気をつけながら畳の部屋にあがり置かれている家具を調べる。少々罪悪感を感じるが、好奇心の塊の叶人の動きは止められない。
「ん?」
部屋の隅に置かれた今にも崩れそうな行李を開けると中に着物が入っていた。
小屋の中にある物全てが古くボロボロになっているのに対し、その着物は今誰かがここに置いたと思わんばかりに新しい。
「何でこれだけ?」
叶人はその着物を手に取ると小屋の外に出て広げてみた。
白地に可愛い金魚の絵が描かれている。
「新品みたいだな」
叶人が手の中にある着物をしげしげと見ていると
「何やってるけ」
突然声を掛けられた。
身体が跳ね上がる程驚いた叶人は声がした方を見る。そこには小さなお婆さんが立っていた。
肩までの白髪の髪はぼさぼさで所々に藁がついている。絵柄が分からないほどに薄汚れた着物に身を包みこちらを睨みながら立っている。
「あ・・・こんにちは」
不味いと思った叶人は咄嗟に持っていた着物を後ろ手に隠した。
「何やってるけ」
「あの・・俺、東京から来た学生なんですけど地方の風習や行事などを勉強していて。こちらの村の人達に色々と話を聞ければなって思って来たんです」
叶人は、今まで散々ついてきた小嘘をついた。
「風習?・・・ふん。この村にそんなもんないけ」
「え?そうなんですか?でも村の人達に色々聞きましたよ?春のお花見や夏の盆踊り、秋の収穫祭や冬の飲み会等。ああそうそう!成人の儀の事も聞きました」
「成人の儀?」
老婆の目つきがさらにきつくなる。
手ごたえを感じた叶人は
「ええ。成人の儀です。お隣の朝比奈村も同じ儀式をしているようですね」
「・・・・・・」
「確か朝比奈村は当事者のみで行われるようですが、片庫裡村は村全体でお祝いするのだとか・・・同じ成人の儀なのに、どうしてやり方が違うんでしょうね」
「・・そもそもの意味が違うけ」
「意味?」
「あんたは何処まで知ってるけ」
「へ?」
「色々と村の奴らに聞いて回ったんだろう?どこまで知ってるけ」
「あ・・・え・・と」
この質問には正直困った。実際は成人の儀については何一つ有力な情報はもらえてないからだ。
叶人がどう言っていいのか考えあぐねいていると
「ふん。余所者は、余計なものに首を突っ込まずに他の勉強してればいいけ。ほら、それを返せ」
老婆は、叶人が持っている着物を見て手を差し出した。
「あ・・これ、お婆さんのだったんですか?」
「・・・・・」
「凄く可愛い着物ですね。若い時に着てたものなんですか?」
叶人は着物を老婆に手渡しながら言った。
老婆は着物を大事そうに手の中に包むと
「これは、わしの一番大切な娘が着ていた着物け」
そう言いながら、どこか懐かし気にそして愛おしそうに着物に視線を落とす。
「娘さんの・・・」
「ずっと探しとったけ。確かにここに持ってきたはずなのに、気が付いたら何処にもなかったけ」
「良かったですね、見つかって」
叶人は老婆ににこりと笑いかけた。
そんな叶人の顔をちらりと見た老婆は少し考えるような仕草をした後
「ふん・・・見つけてくれたお礼に一つだけ教えてやるけ」
「何ですか?」
「片庫裡村と朝比奈村。あんたは両方の村を見たけ」
「はい」
「なら分かるはずけ」
「分かる?」
「村の一つ一つを見るんじゃなく、全体を見るけ」
「全体?」
叶人は村の方を見る。
(全体・・・全体・・正面に双子山があって・・その麓に村長さんの家があって・・道があってソレに沿って竹林が・・・)
そこまで考えた時、叶人はハッと息を呑む。
「分かった!!ここは、朝比奈村と同じなんだ!家の配置も畑の場所も全て!でしょ!」
そう言った叶人は勢いよく老婆の方を向く。
「あれ・・・」
そこにいたはずの老婆の姿が何処にもない。
「何処だ?」
キョロキョロと辺りを探すが、最初から人なんていなかったように老婆の姿は何処にもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!