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王子様とお姫様
「なんか・・ケム臭くないか?」
「そう言えば」
「ヤバ・・いんじゃね?」
俺達三人目を交わしながら、頭の中で最悪な展開を想像する。身体からじっとりとした汗がにじみ出てきた。
「まさか、火事なんかじゃないわよね」
「蝋燭・・蝋燭が倒れたんじゃないか?」
「蝋燭?そんな物あったのか?ヤバいじゃん!早くここから出ようぜ!」
叶人は叫ぶように言った。俺達は慌てて出口の方へ行く。
「何だよこれ。何処に取っ手があるんだ?」
サラサラと乾いた音がひっきりなしに聞こえる。叶人が戸の表面を手のひらで探っているのだ。
俺は携帯の明かりで取っ手やドアノブらしい物を探すが、綺麗な一枚板だということが分かっただけで何処にもそれらしき物はない。
「これって表からは開くけど、裏からは開かないような扉になってるんじゃないの?」
煙で目が染みているのか、恐怖からなのか分からないが優菜は目に涙を浮かべながら震えた声で言う。
「よし!ぶっ壊す!」
叶人はそう言うなり、戸に向かって思い切り体当たりしだした。
何度も何度も体当たりしたり蹴っ飛ばしたりするのだが、戸はびくりともしない。
「いってぇ~っ!」
身体の痛みに耐えきれなくなった叶人は座り込んだ。
「やだっ!!こんな所で死にたくない!」
突然優菜は叫ぶと、両手で戸を何度も叩き「誰か!誰か来てください!」「助けて!」と何度も何度も叫び続ける。俺も加勢し戸を叩き助けを呼び続ける。パチパチと木が爆ぜる音が聞こえる。先程よりも気温が上がったようで体から汗が溢れ出て来る。
「ちくしょう!誰か!誰か助けてくれ!」
両手の拳が痛みで麻痺してきた頃、優菜がピタリと動きを止めた。
「優菜?」
突然動きを止めた優菜の身体がぐらりと揺れ、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
「優菜!」
「おい!どうした!」
俺と叶人は倒れた優菜を抱き起こし声を掛けるがぐったりとして意識を失っているようだ。
「まさか・・死んじまったんじゃないだろうな」
「縁起でもないこと言うなよ。気を失っただけだよ」
「そうか・・・なら良かった」
叶人はそう言うと、自分の上着を脱ぎその上にゆっくりと優菜を寝かせた。
手がじんじんと痛い。あれだけ叫び続けても誰も来てくれる気配もない。気力を失いかけていた俺は、寝ている優菜を叶人と挟むようにして座り込んだ。
「誰も来ないな・・俺達このままなのかな」
「・・・・・・」
煙の臭いが次第に強くなってくる。パチパチという音が大きくなったような気がする。大声で助けを求めて叫んだせいもあるが、のどの痛みが酷くなってきた。
「あのさ・・・」
叶人が優菜を見ながら話し出した。
「こいつってさ、凄く高慢で見栄っ張りで我儘だろ?」
「何だよいきなり」
「まるで自分はお嬢様育ちで、他の人とは格が違うみたいなことを平気で言ったりする・・・でもさ、本当はコイツ。凄い寂しがり屋なんだよ」
「優菜が?」
「ああ。俺の友達に優菜と学校が一緒だったって奴がいてさ。ソイツの話だと、優菜は小さい頃から親に暴力を振るわれながら育ったらしい。小学校の時は顔に痣を作って登校するのはざらで、いつも着ている服はボロボロの汚い服ばっか着てたって。そのせいで周りの友達は優菜を「臭い」とか「汚い」とか言って避けてたんだってよ」
「マジかよ」
「信じられないだろ・・・俺は親から暴力を振るわれた事がないから分からないけど、相当な恐怖だと思うんだ。親とはいえ大人から殴られるんだからな。それが日常だとなると、小さい子供の心なんか一発で壊れちまう」
俺は、叶人が何故そんな話をし出したのか分からなかったが、一応黙って聞くことにした。
「今の優菜が出来たのはそういう経緯があったからなんだと思うんだ。お嬢様育ちなんかじゃないって事なんかすぐにばれるだろ?そんなすぐにばれるような嘘をついたのは、優菜が小さい頃からお嬢様に憧れたからだったんじゃないかと思うんだ」
「憧れ?」
「ああ。小さい頃の女の子って、お姫様ごっことかやるじゃん。自分の家庭は、親の機嫌を伺いいつ殴られるのかとびくびくしながら生活する毎日。でもお姫様は違う。みんなが自分を認め優しくしてくれる。綺麗な服を着て可愛い髪飾りをつけたりしてな。誰もが普通にやってる事が出来ない自分にとって、お嬢様・・お姫様は憧れだったんだよ。だから、今の優菜はその憧れのお姫様を演じてるんだ」
「・・それって、成人の儀と似てないか?二十歳までは本当の自分で二十歳からは建前の自分になる」
「ああ・・その話を聞いた時直ぐに思ったよ。お前には悪いと思ったんだけど、俺・・忍ちゃんが元に戻るとか本当はどうでもいいんだ」
「え?」
「これをきっかけに、優菜が自分で作った優菜じゃなくて本当の優菜に戻ればなって思ったからやってるだけなんだ」
先程より祭壇の中が暑くなってきた。目の前に横たわる優菜と、向かいに座る叶人の姿が煙で見えづらくなってくる。
「俺さ、こんな事漣に言うのなんか照れくさくて嫌なんだけど・・」
「・・・・・」
火が近くまで迫ってきているのだろうか。煙に目が染みて、叶人の姿がぼやりと滲む。
「こいつがなれなかったお姫様に、俺がしてやろうと思うんだ」
今まで、寝ている優菜を見下ろしていた叶人が俺の方を見た。その目は俺がこいつを守るんだというような決意のこもった目をしている。いつも調子のいい事ばかり言ってへらへらしている叶人ではないと分かった俺は、薄く笑い言った。
「ふん。そうなると、お前が王子様って事かよ」
「ハハハ!そうだな。お前にしてはいい事言うじゃん」
「うるせぇよ」
「でも、その王子様になるにはここから出なきゃな。どうするよ」
「どうするよって言われても・・・他に出口はないのかな」
俺は立ち上がりライトを四方八方に動かし照らしながら隅々を探して行く。
その時、奥の方の壁に不自然な亀裂が入っているのに気が付いた。
「何だアレ」
俺はその奥の方へと腰をかがめ入って行くと、引き戸の様な取っ手があるのが見えた。亀裂を辿り引き戸の大きさを見ると、中腰で入れる位の大きさだ。
「おい!ここに・・」
叶人達の方に向かってそう大声で言った時だった。
バキバキという大きな音をたてて、祭壇が崩れ始めたのだ。
「うわっ!!」
途端に熱い熱風が俺の身体に襲い掛かる。その熱さから逃れるため咄嗟に、見つけた引き戸を開け中へと転がり込む。それと同時にガラガラガラという大きな音と地響き、物凄い煙が俺の全身を包んだ。
難を逃れた俺はすぐに叶人と優菜の名を呼びながら振りかえる。
「っ⁈」
戸の向こう、さっきまで俺がいた場所は赤々と燃える崩れた祭壇で塞がっていた。近付こうにも焼けるような熱さで近づけない。
「叶人!優菜!」
俺は二人の名を大声で何度も呼び続ける。次第に煙でやられた喉に限界が来たらしくぜ~ぜ~というかすれた声しか出なくなる。
(ちくしょう!)
全身が焼けるように熱い。気づくと、自分がいる通路の方にも火が回ってきている。
俺は固く唇を結ぶと、襲い掛かる炎に背を向け通路の奥の方へと転がるようにして走って行った。
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