カネさん

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カネさん

狭い通路を四つん這いで何度も転がりながら出た先は、真っ暗な場所だった。 じめっとした湿気が身体を包み、かび臭い匂いが鼻につく。 その場に倒れ込んだ俺は仰向けになり空気を肺一杯に吸い込む。背中に感じるのは・・畳だ。どこかの部屋と繋がっていたようだ。 「はぁ・・はぁ・・ひぃ・・はぁ」 ひりひりと痛む喉を鳴らしつばを飲み込む。ゼロゼロとした痰を吐き出しやっとの事で体を起こす。助けを呼ぶため立ち上がろうとするのだが、足が震え力が入らない。 「くそっ!」 俺は力いっぱい握りしめた拳を畳に叩きつけた。 「くそっ!くそっ!くそっ!~っ!!」 何度も何度も拳を叩きつける。 叶人は・・・優菜はどうなっただろうか・・あの状況から叶人は優菜を助け出せたのか・・それとも・・ 歯が砕けてしまう程食いしばる。全身の震えが止まらない。どうしようもない状況とはいえ、二人を助けることが出来なかった自分に腹が立つ。本当に何も出来なかったのか。もっと自分が機転が利くような人間であれば助けられたのではないか。 後悔・・懺悔・・無念・・あらゆる言葉が自分を襲うように頭の中に浮かぶ。 「なんだよ・・俺は・・」 かすれた声でそう言った俺の視界が、ゆるゆると歪む。 「死んだけ?」 「⁈」 人がいると思わなかった俺は驚き顔を上げる。 明かり一つなく暗闇だけが広がる中に誰かがいる。 (誰だ?) 声はするが姿が見えない。でも、これで叶人達を助けてもらえると思った俺は姿の見えない者に対し「助けてください!地下が火事で!叶人が!優菜が!」とすがるように叫んだ。 「死んだけ?」 声の主は、俺の訴えなど聞いていないように先程の言葉を繰り返す。 「分からない・・とにかく!早く助けに行ってくれ!」 悲痛な叫びになる。 「死んだけ?」 正面だ。声の主は俺の正面にいる。それにこの声・・どこかで聞いた・・ 「・・カネさん・・ですか?」 「・・・死んだけ?」 「死んだって・・誰の事を言ってるんだ?」 想像したくもない事を、無神経に言い続ける相手にムクムクとした怒りが湧いてくる。 「正太郎は裏切ったけ」 「正太郎さんが?裏切った?」 「掟を破る事は最も罪が重いけ。忍は成人の儀を見られた。失敗したけ。失敗した時は生贄を捧げなきゃいけないけ。一人は逃したが、二人の生贄は授ける事が出来たけ。もしかしたら大丈夫かもしれんけ」 「二人の生贄・・まさか・・叶人と優菜の事か?じゃあ・・あんたが・・あんたが祭壇に火をつけたのか!」 身体の震えが一気に怒りの震えに変わる。 俺は持っていた携帯のライトを点け正面に向けた。 そこにいたのはやはりお手伝いのカネだった。いつもの動きやすい恰好に白い割烹着を着て、こちらを向き正座をしている。普段俺達と話す時、愛想良くニコニコとした笑顔を向けていた顔は、蝋人形の様な生気を感じない冷たい表情になっている。 「カネさん、あんたは一体・・」 「わしか?わしは・・祖母、妙の遺志を継ぐ者け」 「祖母って・・じゃあカネさんはお妙さんの孫⁈」 驚く俺に、表情一つ動かさずカネは話し出した。 「この朝比奈村に伝わる昔話を知ってるけ?」 「昔話・・」 「あの昔話には嘘が混ざっとるけ」 「嘘?」 「片庫裡村の村長の家に妙が嫁いだのは間違いないけ。病弱な母親・・タネも一緒にな。そこで幸せな生活を送り、やがて腹ん中に子供を宿したけ。生まれたのは男の子と女の子の双子。しかし双子を嫌った片庫裡村の村長が後から生まれた女の子を産婆に殺すよう命じたけ。ここまではあってるけ」 「その後は確か、母親と死んだ子供を連れて家から出て行くように言われ、悲しみに暮れたお妙さんが狂い崖下に子供と共に飛び降り死んだと聞いてるが・・」 「狂ったと見せかけただけけ。本当は狂ってなんかないけ。それに、死んだのは母親のタネだけけ。子供は・・私の母親の洋子は奇跡的にも生きとったけ。」 「母親・・やっぱり崖から飛び降りて死んだのはお妙さんじゃなく、母親だったのか」 「飛び降りたんじゃなく、殺されたけ」 「殺された・・・」 ライトの明かりが上下にビクンと動く。 「朝比奈村の全員にタネは殺されたけ」 「どうして、タネさんは村の人達に殺されたりなんか・・」 この辺りから嵐のように渦を巻いていた怒りが収まり、何故か冷静になりつつあった。 「貧乏だった生活から一転、贅沢な暮らしができる様になった。お陰でタネはみるみる内に元気になったけ。そうなると女が次に求める物は何か知っとるけ?」 「女が?・・・」
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