18人が本棚に入れています
本棚に追加
この三つを説明する前にまず、朝比奈村とはどんな所なのかを説明しとこうと思う。
東北の山深い場所に、双子山という二つの山がある。その麓に朝比奈村はある。とても小さな村で村人達は主に農業で生計をたてていると聞く。人口が五十人にも満たない小さな村・・いずれ、限界集落となるのも時間の問題だと言われている。
そんな小さな朝比奈村を、南北に寸断するように双子山の麓から竹林が伸びている。上空から見ると、まるで蛇が蛇行している様に植えられている竹林は自生してこのような形になったのか、それとも誰かが意図的に植えたのかソレは分からない。
その竹林を境として東側に朝比奈村の人達の居住地がある。反対の西側はごつごつとした岩が多く切り立った崖になっている。よって村人達は特に利用価値もないこの西側には滅多に足を踏み入れないという。
では、叶人が言った「戻らずの竹」「鳴く山」「笑う女」について話していく。
まず「鳴く山」
あくまでも噂話の域を超えないのだが、ある時間になると決まって双子山の方から鳴き声がするという。野犬の遠吠えなのかよくわからないが、とても寂しそうな怨めしいような声がするという。
そして「戻らずの竹」
村から崖のある西側に行く通路が南北に伸びる竹林のどこかにあるという。しかしその入り口を見つけるのは難しいらしい。手入れが入っていない竹林は人が入れる隙間もないほどに密集しているらしく何キロにも渡る竹林を調べるのは大変なのだろう。もしその入り口を見つけ入ったとしても、その竹林の中で迷ってしまい戻ってくることは出来ないという。別名竹の樹海とも言われている。
そして「笑う女」
この笑う女は戻らずの竹とセットで話されることが多い。入り口を見つけ入った者が運よく戻って来た時、その者は笑い続けいずれ狂い死にしてしまうという話だ。何故笑い続けるのかという理由は数多くの憶測が飛び交っているが、どれもこれもよくある理由やこじつけの様なものが多かった。
「・・・と言う訳だ」
ネットに書かれた文言そのままを、さも自分が調べたの如く得意気に話し終わった叶人は満足した顔を俺達の方へ向け話を締め括った。
「あっそ。で?うちらはその三つの場所に行くのね?」
叶人の力説も虚しく優菜にサラリと流される。
「そう。忍ちゃんの成人の儀という儀式もどんなものか見てみたいし、心スポにも行けるしで一石二鳥だろ?・・それにな、これはまだネットにも載ってない情報なんだけど・・なんでも、その戻らずの竹は別の次元に通じてるって言う話なんだ」
急に声を落とし内緒話するように言った。
「はぁ?」
「馬鹿みたい」
俺と優菜は呆れたが、山内は真剣な表情をしている。
「忍はこんな話信じるの?」
その様子にすぐに気が付いた優菜が、少し馬鹿にしたように聞いた。
「ん?・・・信じるかどうかって言えば・・・信じない・・けど・・・」
「けど?」
俺は話の続きを促した。
山内は視線を下げ少し考えるそぶりを見せた後
「叶人さんの話を聞いた時、ちょっと思い出した事があって」
「何?」
「まだ私が小さかった頃の事なんだけど、近所のお姉さんの成人の儀があってね。そのお姉さんは三人姉妹の長女なの。とても面倒見がいい人で凄く私にも優しくしてくれたの。しょっちゅうお姉さんの家に行っては遊んでもらってた・・・でもね、その成人の儀が終わった次の日にいつものようにお姉さんの家に行ったんだけど少し様子がおかしかったの。何て言うか・・・別人って言うのかなぁ。いつも私が行くとニコニコ笑いながら出迎えてくれるんだけど、その時は凄く冷たい目で私を見てさ。余り話してくれなかった・・それになんか・・ちょっと怖い感じだった」
「成人の儀をやった次の日だったから疲れてたんじゃないの?」
優菜が意外にもまともな事を言う。
「うん。後で考えればそうかなっても思うんだけど・・・でもなんか・・見た目はお姉さんなんだけど中身が違うって言うか・・・おかしな話なんだけど、あの時の私は咄嗟にそう感じたの」
山内はその時の事を思い出したのか気味悪そうに話す。
「その成人の儀って言う儀式は見に行かなかったの?こっちじゃさ、会場に行って区長とかお偉いさんのだるい話を永遠と聞かされた後友達と遊びに行くか、親戚回りとかするんだよね。俺の勝手な先入観かもしれないけど、田舎ならみんながその家に集まってお祝いしたりしそうだけど」
「一般的にはそうよね。でも、朝比奈村の成人の儀というのは、当事者のみで行うものなの。それ以外の人が関われるのは、成人の儀の前の日のみ。それに、成人の儀の当日は誰にも見られてはいけない。そんな決まりがあるらしくて」
「ええ?なにそれ。折角の晴れ着姿誰にも見せられないの?つまんない!私だったら無理!」
目立ちたがり屋の優菜は悲痛な叫びをあげる。恐らく、優菜の成人式の時はかなり派手に着飾ったのであろうと容易に想像がつく。
俺はそんな優菜に呆れ、小さくため息を吐きながら山内に視線を移し
「同じ成人式でもその地域ごとにやり方が違うんだね。じゃあ俺達が一緒に行ったとしても晴れ着を着た山内は見れないって事か」
と、平静を装い事も無げに言ったが本当は心の中で非常に落胆していた。
「うん・・・・でも・・・」
「でも?」
「みんなには絶対来てもらいたい」
山内は、一人一人の顔を改めて確認するかのように見て言った。その様子は、どこか懇願にも近い。
そんな山内に違和感を感じた俺が口を開きかけた時
「よし!任せろ。忍ちゃんの晴れの舞台は俺達がしっかりと見届ける」
叶人がまた立ち上がり、キラキラとした笑顔を山内に見せながら自信たっぷりに言い放った。
「おい・・・」
「そうね。何だか不思議な感じがするし興味が出てきたわ。私も行ってあげる」
どうやら優菜も乗り気のようだ。
「ありがとう」
ホッとした表情を見せた山内は大きく頭を振り下げた。
見届けると言っても、山内そのものが見られないのに・・・そう内心では思ったが、自分達について来て欲しいと懇願するように頼む山内を見捨てる事など絶対に出来ない俺は
「そうだな」
と薄く笑いながら頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!